活動日誌

ザ・東京ヴァガボンド x レッツ 第5日目

2017.8.7

テンギョウ・クラ

交流先│

  • 認定特定非営利活動法人クリエイティブサポートレッツ

この日の午前、アルス・ノヴァのすぐ近くにあるノヴァ公民館ではレッツの代表、久保田翠さんがファシリテーターを務める対話の場「みどのヴぁ」が開催され、アルス・ノヴァの詩人、ムラキング、取材でアルス・ノヴァを訪れていたNHKのディレクター、僕の4人で「兄弟」をテーマに語り合うことになった。
このテーマを知った時、正直ここで自分の妹のことを語らなくてはいけないことがまるで決まっていたかのような不思議な巡り合わせを感じた。
僕の妹は幼少期に受けた長期間のいじめと家庭での孤独感が引き金となって鬱を患っていたが数年前から統合失調症と診断され、今も治療を続けている。
小さい頃から僕にとって妹は関係を築くことが難しい存在だった。
年の離れた兄妹で、常に興味の対象が異なっていたし遊ぶ仲間も違っていた。
彼女が中学に上がる頃、僕は大学に入り東京で一人暮らしを始めていた。
僕が大学を出て一度実家に戻った時、彼女は埼玉の大学に通っていた。
そういうようなすれ違いが続き、僕は実際のところ彼女がどんな人生を歩んでいたのか、ほとんど知らないままだった。
本音を言うと、彼女の人生に全く興味を持っていなかった。
それまでの僕は、妹が僕とは180度違う考え方と生き方をしている血の繋がっただけの赤の他人だと思っていた。
彼女のやっていることを理解できなかったし、理解しようとする気もなかった。
ひどい兄だ。
一度「火垂るの墓」というアニメを見て、死にゆく間際まで兄を慕って尽くす妹と自分の妹が重なって涙が止まらなくなったことがある。
僕の中で、実は妹はずっと「守ってやれなかった」存在だったのだ。
僕は高校時代、学校のクラスメートたちと上手くいってなかったし、成績も悪く、自分の自尊心を守るのに必死だった。
大学では留年を繰り返し、自分が進みたい方向を見失って極端に刹那的になっていた。
保守的な地方の家の長男として育てられた僕は、小さい頃から明に暗に失敗しないこと、恥をかかないことを第一として教え込まれ、それが本当に息苦しかった。
常に周りの目を気にして、自分のやっていることが皆んなの非難の対象にならないか、それだけを注意しているような陰鬱な性格になっていった。
生まれながらにして背負わされるもの(家、性別、宗教、国籍、人種など)が、それを受け入れられない人を苦しめることへの滾るような怒りはこの経験が元になって生まれたと思っているし、大学で留年をして以降、家族の期待とは全く違う人生を歩み始めたのも自分なりの自己回復行動だった。
僕は妹が一人で苦しみ孤独に苛まれていたと思っていたが、妹にしてみれば僕も同じ犠牲者だと感じていたらしいということは、僕たちがだいぶ大人になってから妹から聞いた。
「守ってやれなかった」と思っている相手から「同じ境遇」だと思われていたのだから、自分の未熟さにほとほと参ってしまう。
ともかく、僕にとっての妹はなんとも消化しきれないやるせなさを持って想う存在だった。
そんな彼女の存在が僕の中でいつの間にか愛情の対象として変わり始めた。
妹の苦しみの元になっている精神的肉体的要素が、ある時から愛すべき個性として浮かび上がってきた。
ただそのままの姿で、ありのままでそこにいてくれればそれだけでいい。
当たり前のことがようやく当たり前に受け入れられるようになるまで随分時間がかかった。
アルス・ノヴァの利用者とスタッフの皆さんの間には、その関係がしっかりあると思う。
障害をネガティブに捉えずその人の個性として受け入れ、ポジティブなエレメントとして社会にアピールしていく。
それは個人と個人がアルス・ノヴァを運営するレッツのポリシーの一つである「あなたとわたし」との出会い(僕はこの言葉をスタッフの水越さんと佐藤さんからそれぞれ別々の機会に伺った)をちゃんとやっているからだろう。
障害のあるなしは心と心が出会う場にとって全く無意味な要素である。
敬意と愛情がアルス・ノヴァの利用者一人一人に安心と喜びを与え、彼らの個性はさらに輝きを増していく。
だからアルス・ノヴァの現場にはいつもワクワクがあるのだ。
妹への感情の変化と同時に僕の家族に対する思いもまた変わりつつあった。
国を転々としながら暮らすようになってから、家族というものが反抗の対象から感謝の対象になっていったように思う。
孤独と向き合うことで、人との繋がりに素直に感動できるようになったことが大きいだろうか。
(生れ出ることも”生”に含めるなら)やはり人は一人で生きていくことは出来ない。
知らない土地で暮らす時は人の優しさが身に染みる。
僕の父も母も時と場所を選ばず僕に優しさを与えてくれる人たちであったし、妹も折に触れて「お兄ちゃん、大丈夫?」と気にかけてくれた。
今、両親には「妹をこの世界に産み出してくれて有難う」と心底思っているんだ。
夜、久保田家に呼んでもらい焼肉をご馳走になった。
レッツの真の生みの親である重度の知的障害を持つタケシはこの久保田家の息子であるが、彼は焼肉が大好物らしく、こんなに人間はよだれが出るものなのかと驚くくらい食欲を爆発させながら焼肉のせご飯をスプーンに盛って食べさせてもらっていた。
明日はこのタケシと共に電車で小旅行に出かける予定だ。
不安でもあり、楽しみでもある。
タケシと僕の超個人的異文化交流「カルチャーダイブ」がいよいよ幕を開ける。