活動日誌

TURNフェス3が生み出すコンフォートゾーン

2017.9.1

テンギョウ・クラ

交流先│

  • 認定特定非営利活動法人クリエイティブサポートレッツ

僕は今回、浜松の福祉施設「クリエイティブサポートレッツ」の皆さんとコラボレーションさせてもらいました。
フェスの初日にレッツの利用者さんたちとスタッフさんたちが浜松から上野に来るまでをカメラに収めて、
会場である東京都美術館のiPadで同時中継するというものでした。
それに先立って、一週間レッツに滞在して交流をさせてもらい、少しですがスタッフさんたちと利用者さんたちの信頼関係を見ながら
自分のレッツとの関わり方を考えることができました。

フェス初日に新幹線で東京に向かう道中はスムーズに移動が行われ、僕は旅の穏やかなひと時を撮影しているだけで良かったです。
レッツのスタッフさんたちは常々「私たちの役割は”社会側の都合に合わせて利用者さんたちをコントロールすることではなく、
利用者さんたちがやりたいことをやれるように社会の中で彼らの居場所を作っていくサポート”です」と言っていて、
今回も利用者さんたちが行きたい所に向かうことを最大限に優先していました。

僕も旅の前のミーティングでは「ぶっちゃけ東京に着かなくてもいいです、
みんなが行きたいところに行きましょう」と伝えていて、
それもレッツのスタッフさんたちのあり方に影響を受けたからかもしれません。

それぞれのルートを経て、初日の18日に太田君とスタッフの佐々木雄一さんが、
翌19日には鶴見君とスタッフの山森さんがフェスの現場に来てくれました。

まず驚いたのは、会場で太田君が終始満面の笑みを浮かべていたことです。
実は太田君はレッツに通っている人たちの中で僕がコミュニケーションをとりづらい数少ない利用者さんの一人でした。
それは無表情でいることが多い彼の様子から考えていることが読みにくいこともあったし、
彼の体の迫力に圧倒されていたこともあったと思います。

今回一緒に移動をしたことでその心の距離が大きく縮まったとは言えませんが、
それでも彼が(僕の主観ですが)とても幸せそうにフェスの会場にいる人たちと
目を合わせているのを見て彼への親近感が増したことは確かです。
別のスタッフさんが後日太田君のフェスでの様子を僕が撮った写真で見て、
こんなにどんぐりみたいな目で笑ってる太田君はあまり見たことがないと言っていたそうです。

太田君のフェス滞在中に印象に残ったのは、アーティストの富塚絵美さんが作った
ノンバーバルコミュニケーションのブースに入った途端に彼がごろりと床に寝そべった時のことです。
その反応はとても早かったです。
周りを見て「ここかな?」という感じではなく、レッツの施設でするのと同じように
あっという間に自分のお気に入りのスペースを見つけて、
海上にジャンプしたクジラがズォーンと海中に飲み込まれていくかのように床に沈み込んでいきました。
そしてそれからはずっとニコニコしたり時には声を出して笑ったりしていました。
僕は少しあっけにとられてそんな上機嫌の太田君を見ていました。
太田君が寝そべると周りに座っていたソケリッサのメンバーの皆さんもなんだか心地よくなったのか、
一緒に寝転がって目を閉じたりしていました。
そのシーンはまるで大きなゾウが森の中で横になったその周りにヒョウやシカやサルが集まって一緒に眠っているようでした。
彼がその大きな体から発するみんなを安心させるエネルギーみたいなものがあったのかもしれません。
その日は太田君が行くところ行くところで人が吸い寄せられるように彼の周りでのんびりしていました。
何より太田君本人が一番ニコニコして嬉しそうだったのが忘れられません。

翌日、もう一人の旅のメンバー鶴見君が東京都美術館に来てくれました。
彼は前日の太田君とは対照的な素早いテンポで会場内を移動していて、
二人はまさに「静と動」という感じでした。

鶴見君は言葉を発しない太田君と違って言語優位でコミュニケーションをとります。
スタッフの山森さんとの冗談の掛け合いはお笑いコンビのような面白さで見ていて飽きません。
そんな鶴見君が目まぐるしく動き回りながら、行く先々で独り言とも会話ともつかないことを口にしながら
周りの人を巻き込んでいく様は太田君とまた違うエネルギーで会場内に不思議な風を吹かせていた気がします。

アーティストの大西健太郎くんがワークショップをやっているブースで鶴見君が躊躇なく興味をなくした作業を中断するのを見て、
レッツでもフェスでも全くいつもと変わらない彼の姿に感動すら覚えました。

―利用者さんたちを周りの都合に合わせるのではなく、彼ら自身の都合に合わせて環境を整えていく―

このスタイルをレッツのスタッフさんたち一同でしっかり守っているからこその、
鶴見君や太田君の天真爛漫な振る舞いがあるんだなと思いました。

最終日、急遽レッツの代表久保田さんがレッツの利用者でもある息子のタケシ君を連れて
数人のスタッフさんたちとフェスの会場に来てくれました。
タケシ君も太田君と同じように、あっという間に自分の居心地のいい場所を見つけ出してそこに寝転んでいました。

この時思ったのは、TURNフェス3の会場には僕が形としては見ることができないけれど
太田君やタケシ君にはハッキリと感じられるコンフォートゾーンがあるのではないかということです。

レッツの利用者の皆さんは生活環境の変化についていくことが難しい場合が多々あります。
刻々と変わっていく気温、湿度、風、光、音、壁や床の質感など、
日頃僕があまり気にせずやり過ごしているような変化も彼らにとっては耐え難い大きなストレスとなることがあるのです。
その変化を察知するために彼らの身体センサーはきっと僕のものより遥かに繊細になっていると思います。
そのセンサーを使って、太田君やタケシ君はフェスに意図的に用意されていたか
もしくは偶然そこに立ち上がってきたコンフォートゾーンを見つけ出していたのでしょう。
そしてあの会場にそのコンフォートゾーンが存在していたことは、彼らにとってとても大切なことだったと思うのです。

タケシ君はフェスに滞在中、巡礼者の様に会場内をグルグル歩いて回っていました。
僕はその後を彼の従者の様にずっと付いて回りました。
あの時の感覚は言葉にできないほど心地良いものでした。
タケシ君が醸し出す、少し大げさに言えば厳かな空気感がタケシ君を見た人の中に優しい気持ちを
湧き上がらせていた様な気がします。
その優しい気持ちがタケシ君の歩くルート上で伝搬していき、通り過ぎる人たちが彼の歩く姿に目を奪われていく。
タケシ君の後ろを歩いていると、次々とタケシ君を見た人たちの顔に柔和な笑みが浮かんでくるのが見えました。
彼が一つのブースを通り過ぎる時間にしておよそ5分間、そこにいる人たちの意識が何か
「見えない次元」に繋がってしまう様な、独特なシーンが生まれていたかもしれません。
僕には5分おきに景色が変わり人が変わっていく中をタケシ君の背中を追いながら
歩き続けているうちに、まるで自分が絵本の中を旅している気分になりました。

いろいろな心と体を持った人たちがいろいろなやり方でコミュニケーションを取っていて、
違ったコミュニケーションを取る人たちとの出会いを積極的・消極的に楽しんでいる。
タケシ君の巡礼は太田君や鶴見君の時と同様、フェスの会場に神秘的な風を吹き込んでくれました。
TURNフェス3に関わった人たちの思いが必然か偶然か会場に優しい場所を生み出してレッツのみんなを受け入れたことで起きた
小さな、そしてかけがえのない奇跡でした。
レッツのみんなにとってアウェイとホームのボーダーを超える旅になったTURNフェス3の三日間でした。

© Arts Council Tokyo