この度、僕が主催するファッション学校、coconogaccoの通常授業を東京都美術館、TURN フェス3内で行いました。
授業のメインは学生作品の制作過程のプレゼンテーション、講評会となります。
また会場ではcoconogaccoの学生の作品と共に、鹿児島にある障害者支援施設しょうぶ学園からお借りした作品を
混合し展示しました。
今回の企画では、そもそも健常者と言われる人と一般的に障害者と言われる人の区別とは何なのか?
その曖昧性を考える場(教室)を美術館で作れないかと思い、僕が担任するクラスであるcoconogaccoアドバンスコースを軸に
プロジェクトを進めることとなりました。
僕は3年程前に、鹿児島の障害者支援施設しょうぶ学園の存在を知り、大変感銘を受けました。
その後、何度かプロジェクトをご一緒する機会をいただき、そこで体験したしょうぶ学園の素晴らしさをcoconogaccoの講師、
学生達に知ってもらいたいと思い、今年の7月に本企画のお打ち合わせを兼ねて、僕とアドバンスの先生、
そして受講生と共にしょうぶ学園に見学とワークショップに参加をしました。
園長先生や、スタッフの方々から丁寧に施設を紹介していただき、社会における“福祉”と向き合う難しさ、葛藤などの現実を覗いました。
そして、福祉の問題の根深さを突きつけられ、現代の複雑な社会構造の中で、
私達がどのような意思を持って行動すべきなのか、わからなくなってしまいました。
しかしながら、先ずは第一歩を歩む事ができればという思いに変わりました。
そこで、しょうぶ学園の利用者のみなさんが作られた作品をお借りして、coconogaccoの学生の作品とともに空間を共有させてもらい、
東京都美術館の一室にて、あくまでcoconogaccoの授業のために展示をさせていただけないかとお願いをしました。
僕が初めてしょうぶ学園に伺い、僕の作品を福森園長にお見せした際、「君もじゃないか!」と言われたのを覚えています。
coconogaccoの学生の作品から、そしてしょうぶ学園の利用者のみなさんの作品から、共通する“なにか”を感じることがあります。
どのような人も、何らかの障害を持ち、また内なる所に大きな創造性の可能性を持ち得ているのではないか?
根本では、健常者と障害を持った方に大きな違いはないのでは?
現代の社会において、“違い”とされているのは一体何なのか?
ファッションを学ぶ僕らが、彼らから何を学び、また何を未来に創り出し、表現出来るのか?
という問いから、そのようなことを学生と共に考えるきっかけ作りとなる企画を考えました。
僕の中には決して、答えのようなものはありません。
一番の目的は、授業を東京都美術館で行うにあたり、心や身体表現に最も近いとされる、
ファッションデザインを勉強するcoconogaccoの学生に、デザインプロセスの段階で一般的に、障害者と言われている方の作品や視点、クリエーションに触れ、さらなる世界、価値観を広げてもらいたいということです。
今回は、特にファッションのアウトサイドとされがちな、彼らの視点をcoconogaccoの受講生に感じてもらうために、
講評会のゲストの方も、そのような広い視点を持っている方々にお願いしました。
多くの来場者が行き来する中で行われた講評会では、複雑系、人口生命研究者の池上高志さん、
言語学者の宇野良子さん、物理学者の江本伸悟さん、ファッションデザイナーの坂部三樹郎さん
アーティストのタカノ綾さん、飛び入りでアーツ千代田3331の久木元拓さん、
TURNの監修者で東京藝大の教授でもある日比野克彦さん、TURNコーディネーターの奥山理子さんらも参加して頂きました。
あくまで“装い”を軸にしながらも、様々なコミュニケーションが生まれ、視点が混ざり合いながら、時に価値観が逆さまになるような空間性、入口も出口もアチラコチラに様々あるような価値観が浮遊した状態のような感覚になる時間になりました。この感覚を味わうことこそが、学びに最も大切なことなのではないでしょうか?
参加した僕や受講生は、本企画から様々な角度の価値観を意識的にも無意識的にも学び取り、ほんの小さな一歩かもしれませんが、
未来につながる新しい価値観、デザインへの足がかりとなることを切に願っています。