活動日誌

ザ・東京ヴァガボンド x 桃三ふれあいの家

2017.10.23

テンギョウ・クラ

交流先│

  • 認定特定非営利活動法人ももの会

「いいねぇ、その頭。」
訪問初日、玄関での挨拶を済ませて中に入ると、利用者の男性が僕のモヒカン頭を見るや親指を立ててグーサインで迎えてくれた。
その日はちょうど明け方まで大型台風が関東を直撃していて、僕がお邪魔したお昼ごろもまだ突風が通りを吹き抜けたりしていた。
僕のモヒカンは大量の整髪料によりコンクリートのように固めてあったので風にも負けず崩れることは無かった。
その心意気のようなものが評価の対象になったのかもしれない。

「桃三ふれあいの家」は、NPO法人ももの会が運営する高齢者在宅サービスセンターだ。
元々は杉並区が委託し、小学校の余剰教室を利用して2000年に地域に根ざした団体が運営する高齢者介護施設として出発した。(現在は、ももの会の自主運営)
扉一枚挟んで小学校の校舎と繋がっているので、休み時間ともなるとすぐそこから子供たちの声が聞こえてくる。
桃三ふれあいの家の利用者の皆さんが折々に小学校を訪問したり、逆に小学生たちが桃三ふれあいの家を訪れたりと、穏やかな交流が続けられている。
子供達の元気な姿を身近に感じられることは、利用者の皆さんにとって良い刺激になっているのだろうなと感じた。
お昼の時間になり、皆さんと一緒に昼食をいただけることになった。
ひとグループ4~6人くらい、それぞれのグループにスタッフの方が一人ずつ付いて一緒に食事をする。
グループ同士で机を寄せ合う感じが僕の小学校時代の給食の時間を思い出させた。
僕は女性5名のグループに入らせてもらったが、席に着くなり、質問攻めが始まった。
「そんなヘアースタイル今まで見たこと無かったわ。それ地毛?」
「何て言うの、そういう頭?ちょっと触ってみたいわね。」
「それって毎回美容師さんでやってもらうの?」
「この辺りじゃ見かけない頭よねぇ。あなたのご近所では流行ってるの、その髪型?」
僕はこの時ほどモヒカンという髪型に感謝したことはないかもしれない。
人生の大先輩方を前にしてどう振る舞っていいものか少し戸惑っていたけど、皆さんの方から積極的に話しかけてもらえて気持ちが楽になった。
こうして朗らかな利用者の皆さんに助けられながら、「桃三ふれあいの家」との出会いが始まった。

「桃三ふれあいの家」では健康維持に必要な運動、学び、遊びや美容などをエンターテイメントとミックスさせたアクティビティがとても充実している。
座ったままで出来る代謝を上げる運動は僕がやっても体がポカポカしてくるほどで、それを利用者の皆さんを飽きさせず、疲れさせず、笑いや物語を交えながら1時間リードし続けるスタッフさんは真のエンターテイナーだと思った。
ボランティアでいつもいらっしゃっているというアマチュア落語家の方は、高座の上で顔を真っ赤にしながら全力で声を張り上げ、昼食後ついまぶたが重くなりがちな利用者の皆さんに体当たりでぶつかっていた。
ある日、皆さんが調理実習で和菓子を作っていた時、目の前の女性グループでこんな掛け合いがあった。
「これってそろそろかき混ぜ始めてもいいのかしらねぇ」
「他のグループの人たちはどうしてる?」
「よく分からないわ。始めちゃおうか?」
「ねぇねぇ、やっぱりスタッフさんが来てくれるまで待ちましょうよぉ」
僕はこのシーンを見ていて不思議な気持ちになった。
たくさんの人生経験を積まれて知恵も豊かな方達が、目の前のあんこをかき混ぜるかどうかで困惑している。
そして最終的には先生の指示を待つ小学生のようにスタッフさんが来てくれるのを待っている。
もしかしたらそれは、あえて言うなら、老いにより今まで自分で出来ていたことが少しずつ出来なくなるということの一つの表れを僕に想起させたかもしれない。
歯を磨くこと、トイレに行くこと、ウォーキングをすること。
調理に限らず、いろいろな日常生活の営みにおいて人の助けが必要となってくる現実。
本人にとって「尊厳」を揺さぶられる思い。
しかし、なのだ。
「桃三ふれあいの家」の利用者の皆さんからは、そういう雰囲気はあまり感じられない気がした。
「それがどうしたの?私たちは今この瞬間を楽しんで生きているでしょう。」
そんな声が聞こえてくるような皆さんの朗らかさ。
「老いとは、障害と直面しながら人間の尊厳を保ち、障害を受け入れていくこと」
という言葉をどこかで読んだことがある。
かつては自分で生きる道を開き、歩み、立派な社会の一員として活躍していた自分が、毎日を暮らしていくために誰かの支えを必要とする存在になること。
若輩者の僕が言うことではないかもしれないが、時にそれは受け入れがたいアイデンティティの揺らぎとして本人の心を襲うのではないか。
「桃三ふれあいの家」を見ていて感じるのは、そこに「もう一つの社会」を作り出し、利用者の皆さんにとって新しい個人としての価値観を創造しているということ。
「もう一つの社会」とは、例えば生産性のある無しで人の価値を判断しない社会。
他人に迷惑をかけず自立して生きていくことが人としてあるべき姿という過度な幻想が存在しない社会。
そして何より、あるがままでいることが誰かの喜びや元気の素になるということが常に明らかにされている社会。
あまり多くの時間を過ごせなかったが、僕が訪れた間だけでも歯科衛生士さん、美容師さん、俳句の先生、音楽の先生、麻雀の先生などここでは書き切れないくらい本当にたくさんの方々が、「桃三ふれあいの家」のスタッフの皆さんと共に利用者の皆さんと真摯に向き合い、寄り添い、支えている姿があった。
文化の豊かさなのかな、と思う。
価値を数値化して合理的にすべてを判断していく社会に文化の豊かさは見られない。
そこには常に1+1=2という図式しか成り立たず、大きいものが小さいものを飲み込んでいくマンネリと虚しさがあるだけだ。
1+1が3にも4にもなり得る社会。
それは愛だったり希望だったり信仰だったり、長い長い人類の争いの歴史の中で踏みにじられ続けてきたにも関わらず、それでも人間が止めることをしなかった行為を基にした人間関係から生み出されるのかもしれない。
そしてそれを僕たちは真の文化として感謝するのだろう。
僕は間違いなくその文化の光のまぶしさを「桃三ふれあいの家」で過ごしたひとときに感じていたんだ。
いつもの風景ではなくたまたまだったらしいけれど、僕の訪問最終日に送迎バスで家に帰られる利用者の皆さんを見送った際、施設長を始めスタッフの皆さんがほぼ総出で両手を振り振りお別れのセレブレーションをしていた。
見送るスタッフの皆さんの笑顔を見ながら僕は思った。
人にとって「家」とは何も自分が住んでいる場所や家族が待っている場所だけを言うのではない。
自分を心から祝福してくれる人がいる場所は、その人にとって大切な家なのだと。

最後に。
初めて「桃三ふれあいの家」を訪れた日、昼食の時間になるまで「桃三ふれあいの家」を運営するNPO法人ももの会の理事長である大井さんとお話しさせていただいた。
大井さんは長きに渡り様々な社会問題と向き合い、より良い市民生活のために活動を続けてこられたバイタリティ溢れる方だ。
その穏やかな物腰からは想像しにくいけれど、大井さんの言葉に耳を傾けていると、気合と情熱が体の芯に秘められているような、筋の通った生き方をされてきた人が持つ強さを感じた。
社会の問題を己の責任として引き受け向き合ってきた大井さんは、常にあらゆる責任から逃れようとフラフラし続けてきた僕とは対極にいるような人。
だのになぜだろう、不思議と話が合い、共感が尽きない。
それはきっと僕が大井さんの純粋さに魅了されたからだと思う。
フラッとやってきたどこの馬の骨とも分からない僕の話に真剣に耳を傾けてくれ、「ヴァガボンド」という生き方に深い理解を示してくれる。
その柔軟さ、懐の深さ、そして純粋に世界の幸せを願う姿勢。
「考えてみたら、みんな人生のヴァガボンドかもしれないわね。」
そう言って遠くを見つめた大井さんの眼差しを今も覚えている。
またいつか、桃三ふれあいの家に遊びに行かせていただける日を楽しみにしています。