活動日誌

第7回TURNミーティング レポート

2019.2.9

TURN運営スタッフ
(左から)牧原依里さん、ロバート キャンベルさん、日比野克彦、渡辺祐さん

2019年2月2日(土)、東京都美術館の講堂にて第7回TURNミーティングを開催しました。TURNミーティングは、TURNに参加するアーティストや施設関係者、外部からのゲストをお招きし、トークやディスカッションを通じてTURNについて考えるイベントです。

第7回は様々な分野で活躍するゲストを招き、「多様性のある社会」をテーマにしたクロストーク、そして幕間にはクラリネット奏者による特別演奏を行いました。様々な立場の人たちが共存する多様性のある社会の本質についての対話が活発に交わされた鼎談の内容とともに、第7回ミーティングの様子をレポートします。

<登壇者>
ロバート キャンベル
(日本文学研究者、国文学研究資料館長)
ニューヨーク市出身。専門は江戸・明治時代の文学、特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究を行う。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組出演など、さまざまなメディアで活躍中。

牧原依里(聾の鳥プロダクション代表、映画作家)
聾の鳥プロダクション代表・映画作家。ろう者。
ろう者の“音楽”をテーマにしたアート・ドキュメンタリー映画『LISTEN リッスン』(2016)を雫境(DAKEI)と共同監督、第20回文化庁メディア芸術祭 アート部門 審査員推薦作品、第71回毎日映画コンクール ドキュメンタリー映画賞ノミネート等。2017年には東京国際ろう映画祭を立ち上げ、ろう・難聴当事者の人材育成と、ろう者と聴者が集う場のコミュニティづくりに努めている。今年は劇場公開の映画『ヴァンサンへの手紙』の配給・宣伝を担う。

日比野克彦(TURN監修者、アーティスト、東京藝術大学美術学部長・先端芸術表現科教授)

<モデレーター>
渡辺祐
(エディター・ライター、J-WAVE『Radio DONUTS』ナビゲーター)
1959年神奈川県出身。編集プロダクション、ドゥ・ザ・モンキー代表。80年代に雑誌「宝島」編集部を経て独立。以後、フリーランスの編集者/ライターとして活動。またテレビ「タモリ倶楽部」などにも出演、FM局J-WAVEの土曜午前の番組『Radio DONUTS』ではナビゲーターも務めている。音楽、カルチャー全般を中心に、落語、食、酒など守備範囲は幅広い。自称「街の陽気な編集者」。

<演奏>
島田明日香
(クラリネット奏者)
岡山県出身。東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。
中国ユース音楽コンクール木管楽器の部1位受賞。東京藝大フィルハーモニアとモーニングコンサートでソリストとして共演。これまでにクラリネットを芦田修二、小倉清澄、藤井一男、村井祐児、磯部周平、山本正治、十亀正司の各氏に師事。室内楽を守山光三、小畑善昭の各氏に師事。「TURNフェス4」(2018)にパフォーマーとして参加した。

開会

開会はクラリネットの奏者である島田明日香さんが、出身高校の校歌を演奏し、スタート。華やかな衣装とともに、会場の空気を温めました。

TURNプロジェクト説明

続いて、TURNコーディネーターの奥山理子よりTURNのこれまでの活動について、スライドを用いた説明を行いました。TURNの理念、交流プログラム、TURN LANDなどの活動から海外への展開まで、4年間の歩みを振り返ります。「たくさんの出会いが多様に生まれていく、このプロジェクトがこれからどこを目指していくか。この後のトークが考えを深める機会になればいいと思います」と締めくくり、クロストークへとバトンが渡されました。

幕間演奏

トークが始まる前に、再び島田さんが登場し、『フランス童謡 クラリネットを壊しちゃった』と『ユービー ブレイク作曲 Memories of you』の2曲を演奏。『フランス童謡 クラリネットを壊しちゃった』では、島田さんが演奏をしながら、クラリネットを分解してステージ上のゲスト達にパーツを渡していくという演出で、会場を驚かせました。

クロストーク前半

クロストークのモデレーターを務めるのは、エディター・ライターであり、J-WAVE『Radio DONUTS』ナビゲーターの渡辺祐さん。自身のラジオ番組でTURNを紹介していただくなど、これまでも接点はありましたが、直接TURNに参加していただくのは今回が初めて。
「多様性という言葉を、暮らしの中でどう捉えていくのがいいのか。皆さんといろいろな考えを共有することで、ヒントを見つけたいです」(渡辺)
と意気込みを語ります。

続いて、登壇者が順番に自己紹介を兼ねて、多様性というワードについて、思うことを述べていきます。一人目は、TURN監修者の日比野克彦。
「作品をつくり、発表する上で大切なのは気持ちの部分。言葉や絵は手段でしかない。言葉以前の人間が本来的に持つ部分を意識して、トークをしていきたいと思います」(日比野)

二人目は、日本文化研究者のロバート キャンベルさん。
「はっきりとつぶては投げられることはないけど、静かに生きづらさを感じることがある。それを、アートや表現、TURNがどう乗り越えていくのか探りたい」(キャンベル)

そして最後は、映画祭を主催し自ら映画製作も行うろう者の牧原依里さん。
「ろう者の世界の中でも音楽はあるのではないか。そういう思いで『LISTEN リッスン』という無音の映画を作りました。製作の過程でいろいろ考えた結果、ろう者にも音楽はあったと気づきました。それは、ろう者の人たちが音楽だと無意識に感じているけど、言語化していなかったもの。だから聴者の音楽とは違うのかもしれません。じゃあ、多様性についても、ろう者にとっての多様性と聴者にとっての多様性は違うかもしれない。人ぞれぞれ受け止め方が違うかもしれないということを考えながら、議論していきたいと思います」(牧原)

各々の思いを述べたところで、渡辺さんから牧原さんへ「『LISTEN リッスン』を見た人からの感想で印象深いものはありますか?」と質問が投げられます。それに対して
「聴者の人でも、この映画を見たときに『これが音楽か』と気づいたという感想をいただきました。また、同じ聴者でも目で見ることを重視する人もいます。ろう者でも響きが聞こえる人は響きにフォーカスする人もいました。それから、手話という非言語のコミュニケーション手段を聴者が見たときに、これが音楽なのか会話なのか、わからない。私たちが聴者の世界がわからないのと同じで、聴者もろう者の世界がわからない、ということがあると思います」
と牧原さん。

この牧原さんの考えに、日比野は
「『LISTEN リッスン』を見たときに、聴者は『まるで音が聞こえるようだ』と考える。でも、それは自分たちの世界に置き換えているだけなんだと、牧原さんの考えを受けて思いました。健聴者という言葉も何を基準にしているのか、ということになってくる。多様性、そういう基準がないところで考えなきゃいけない」
と言及します。

続いて、牧原さんからキャンベルさんへ「外国人として日本に来た人として、聴文化のあり方についてはどう感じてますか?」と問いかけが投げられます。この問いに対して、日本語の歌詞を引き合いに考えを述べます。

「日本語の歌詞は主語が曖昧で、人によって受け取り方が違う。英語はハッキリと主語が指定されるので、そういう曖昧さはあまりない。だから、日本語の音楽は人によって印象が変わってきます。その曖昧さを紐解いていくと、手話のような言語であって言語でないコミュニケーションの中で、ろう者のみなさんがどのようなことを伝え合っているかもわかるかもしれません。牧原さんにはいい宿題をもらいました」(キャンベル)

さらに日比野が続けます。
「聴者が考える『無音』とろう者の『無音』違う。我々が無音状態の部屋に行ったからといって、ろう者と同じ世界に行けるかと言えばそうではない。そういうことを意識しないといけない、と今の会話を聞いて考えています」(日比野)

幕間演奏

議論が深まってきたところで、クロストークはいったん休憩に。再び島田さんが登場し、ストラヴィンスキー作曲の『クラリネットのための三つの小品』より「第2曲」の演奏が行われました。クラシックの王道が会場に鳴り響き、来場者を癒します。

クロストーク後半

クロストークの第二部は、牧原さんからキャンベルさんへの「日本語の魅力についてどう思うか」という問いかけをきっかけに、日本語の特性や文化の成り立ちについての対話からスタートしました。

「日本語は多層的で、いろんな人との距離を縮めるのに、とても適した言葉だと思います。あまり、『私とあなた』とわけないですから。英語はとてもハッキリと時間性や数、性別をわけます。そうした日本語の特性に、聴者とろう者を結ぶ通路のヒントがあるかもしれません」(キャンベル)
「日本語を使えば日本人らしくなるのか、日本の環境が日本語を生んだのか。そいうことをよく考えます」(日比野)
「どちらが先かということですね」(渡辺)
「英語も日本語も表音、表意があってコミュニケーションが違う。手話も、そのコミュニケーションによって違う文化が生まれると思うんです。手話同士の共通の思考能力がきっと出てくる。それはきっと、地域性とは違うものですね。」(日比野)

続いて、キャンベルさんが持参した古書を用いながら「江戸文化の多様性」に議題は移っていきます。「士農工商という身分社会ではあったが、それぞれの身分独自の文化が生まれ、結果的に多様性のある社会が構築されていたのでは」とキャンベルさんは言及します。持参した本も、武士向けの本は漢字で書かれ、町民向けの本はひらがなで書かれており、本の体裁一つ取っても全然違うものが共存していました。

「確かに武家文化と町民文化にはそれぞれの特徴がありますが、中でも町民文化から生まれたものは、今につながる逞しさを感じますよね。翻って、現代社会は、均質化されたことで逞しさが薄れている部分もありますね」(渡辺)
「そうですね。着るものも食べるものも同じだし、駅前の風景も標準化されている。でも全てがフラットかというとそうではない。障害者、LGBTなど、全てを抜きにしてフラットかと言えばそうではなくて、少し厄介な部分でもある」(キャンベル)
「今の日本は、表面的にはすごく平和に見えるんですけど、内面ではいろんな問題を抱えています。オリンピック・パラリンピックというイベントの時でないと、そうした問題が表面化しない。マジョリティの人たちは、そういったものをきっかけにしないと、多様性への意識が生まれてこないということでもあります。もっと、互いに共存し合う、個人個人の違いを受け止める、共有する場をTURNに担ってほしいです」(牧原)

牧原さんからの提言を受け、日比野は今回の対話の中で浮かんできた思考を整理してこう語ります。

「牧原さんがおっしゃるように、我々が言う多様性はマジョリティの人にとっての多様性でしかないんじゃないか、という認識があります。なぜ今、多様性という言葉が取り出されているのか。先ほどキャンベルさんが江戸時代の話に紐づけると、昔はそれぞれの身分でそれぞれの居場所があった。それが平等になっていく中で、居場所がない人も出てきて、だからこそ多様性を見つめ直そうという流れが起きているはずです。ただ、それが見せかけの多様性になっているんじゃないか、とも感じます」(日比野)

我々が使う多様性という言葉は本当の意味での多様性なのか。大事な気づきが生まれたところで、渡辺さんが「これまでの議論を踏まえ、TURNが大事にしている『ひらく』ことの価値について、みなさんの考えをお聞かせください」と問いかけます。

「多様性はこういうものだ、と決めつけてしまっている部分がある。そうじゃなくて、全く違う世界、想像もしない世界があるんだとイメージすることが大事なんじゃないかと思う。全く知らない世界もあるよね、とイメージできる、ワクワクできるようになるのが、『ひらく』という、TURNの役割だと思います」(日比野)
「『ひらく』という自動詞的なイメージではなくて、ひらいていて、行ったり来たりする、というイメージなのではないでしょうか。向こうに行って戻ってきたり、何かを連れて行ったり連れて来たり。らせん的なものなのかもしれません」(キャンベル)
「同じ空間にいながら、それぞれのアイデンティティ、カテゴリーがある。それで、自分の居場所コミュニティを見つける。その上で、他のコミュニティに自分たちはこういうものだ、と指し示す。そして、相手の話を受け、認め合うということが、多様性が今後発展していく意味になるのではないかと思います。そのときに、アートの力は非常に大きいのではないでしょうか。芸術という部分で、聴者の中のろう者文化ではなく、ろう者の文化の芸術を聴者の文化に打ち出すことで、互いに分かり合えるのではないかと思います」(牧原)

閉会

最後は、節分にちなんで、島田さんが『フニクリフニクラ』を軽快に披露して終幕となりました。

多様性の本質的な意味、日本文化の中の多様性、そして自分が想像もできない世界があることをイメージする価値など、これからのTURNにおいてとても重要な視点が多く語られたクロストーク。2時間近く交わされた濃密な議論から、きっと来場者の皆さんも、それぞれに何かお持ち帰りいただけたのではないでしょうか。

ご参加いただいたゲストの皆さま、ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました。

執筆:長瀬光弘(編集ディレクター/ライター)
撮影:冨田了平、鈴木竜一朗

© Arts Council Tokyo