活動日誌

表か、裏か

2019.3.1

松本力アーティスト

謎の絵を描いていた男の子がいた。生物というか、オバケというか、クチバシを持った鳥のようにファンキーな格好だった。君の想像なの?本当にみたの?とみんなできいてみたけれど、「学園に住んでいる」という。そういえば、ぼくの父がつくってくれた絵本に描いてあったオバケの絵がミミズクのようだったから、ぼくにとっての正体不明も、鳥のようなフォルムであることが似ているなと、親近感を覚えていた。そして、人気漫画のキャラクターが大好きな青年がいて、自作のノートをぼくにみせてくれた。たくさんの絵やことばが並列に描かれていて、想像力の豊かさがとても面白かった。

ぼくが映像を学んだ時代は、ブラウン管モニターで映像を観ることにリアリティがあって、おなじような絵をたくさん描いて、それをビデオで撮影して映像にする、アニメーション作品を制作している。おなじ手法で絵巻物によるワークショップもしている。今は、コンピュータと液晶で映像を観る時代だから、スマホなどの小さな装置でみることが、彼らの映像体験の中心だ。
だから、装置の物性や画面の大小の違いはあるけれど、互いの経験値を交えて、イメージを他者と共有する映像体験がひろがることになればとおもい、自作の映像装置「絵巻物マシーン」を持ち込んでみることにした。
前回、中高生たちは、学校での放課後の活動があって、食事の時間にちょうど会えるわけではなかったので、彼らとも交流してみたかった。しかし、彼らの生活の場に、自分の仕事を持ち込むことが、どのように作用するのか、まだ判然としていなかった。

彼らに、長い紙を渡して、「ここにおなじ絵をいくつか描いてみてほしい」と、お願いしてみた。
前述の青年にも、彼自身の絵を描いてほしかったのだけれど、将軍と呼ばれるキャラクターが気に入っているということで、その絵を描いてくれと、逆に求められた。将軍は、西洋の騎士のような仮面や鎧を身にまとい、格好よくポーズを決めている。描くのが大変だった。あとは、自分で描いてくれるかとおもったけれど、いやいや、ぼくが続けて描くのだということらしかった。
それで、将軍を描きつづけたが、どうかなと彼をみたら、ぐっと親指を立てて評価してくれた。

みんなの絵をいそいで撮影して、簡単なアニメーションにして、みてもらった。
ところが、ぼくたちが訪問していたとき、彼が楽しみにしていたアニメーション映画をテレビで放送していたらしい。先生たちに気を遣わせてしまって、テレビが点けられなかった。彼は、楽しみにしていた番組が観られなくなったことが哀しくて、いなくなってしまった。しばらくして、彼は戻ってきた。二つ折りにした大きな色紙を開いて、そこに書かれていた、みられなかったアニメーションの名前を指さして、そのかなしみをうったえかけてきた。彼の真剣さと、まるで美しい切符のようなメモに目をみはって、気後れしてしまい、ちゃんと、あやまれなかった。彼に申し訳なかった。