活動日誌

くしゃくしゃの紙の評判

2019.6.12

岩田とも子アーティスト

交流先│

  • 特別養護老人ホーム グランアークみづほ

私が今回初めて訪問させてもらったのは、「特別養護老人ホームグランアークみづほ」。今年の4月に品川にオープンしたばかりの施設だが、母体となっている社会福祉法人慈雲福祉会の歩みは長く、約70年前の愛知県が始まりだそうだ。もともと地域に根ざした運営を大切にしていて、この品川でも同様で地域と共に、という思いで運営を進めている。訪問するアーティストとして、前回のTURNに続き「道」に纏わる試みを続けてみたいという思いもあり、ちょっとずつ地に足をつけていく感じでこの施設と歩み寄れそうな期待をしながら訪れた。そしてやや唐突だが、今回の訪問で1つ今後の展開のきっかけになれば…ということで『紙をくしゃくしゃにして広げ、地図のように見立ててみる(折り目でできた凸凹を山や谷に見立てて)』ということを入居者の方と一緒にできないだろうか、とも思っていた。まずはいろんな話をさせてもらってどこかのタイミングで紙を渡して一緒にやってみようかな、という感じ。

グランアークみづほ(以下、みづほ)があるのは京急線の新馬場駅の近く。品川駅から各駅で二駅目。約束の時間まで少しあったのでその手前の北品川で降りて寄り道しながら一駅歩いて向かうことにした。駅前の大通りは少し坂道になっていて新馬場へはその道を下っていく。途中右脇の階段を上がった高台に神社があり、そこには富士塚があってささやかな富士登山を楽しむ人の姿が遠くからもみえた。古くから人々が行き交っていたのかなぁと想像していると、約束の時間も迫ってきたので富士登山は次回に見送ることにした。

大通りから横道に入りお寺や神社に囲まれた落ち着いた場所に、みづほはあった。
建物は5階まであって一階部分には地域にも開かれた広い部屋があって、2階から上にはショートステイも含む入居者の暮らしのスペースになっている。複数の個室毎に共有のリビングがあり、テーブルが複数配置されている。私はそのうちの3つのテーブルに案内してもらい、初めての訪問ということでまずは何名かの入居者さんと話しをさせてもらった。どうぞどうぞ、という感じで話の輪に入れてもらってありがたかった。

みづほの人たちはこの品川周辺が地元、という方も多いと聞いていた。最初に話をした方は生粋の江戸っ子という方で「江戸っ子は飽きっぽいのよね。あと、人を盛り立てていい気にさせるのが得意なのよ」といいながら気前よく色々話してくれた。この品川周辺も詳しくてちょっとお尋ねすると次から次へと町の情報を教えてくれて美味しい唐揚げ屋さんやお煎餅やさん。「道の反対側にいくと〜」なんていいながら色んなお店を行き来した話をしてくれた。紙の上に簡単に地図を描きながらそんな話をメモしてしてみたりした。それこそ時折、ご先祖さまがいた江戸時代まで話がたどり着くことがあってこちらもちょっとワクワクさせられた。
同席してくださった他の入居者さんの話からは聞き取れない部分もあったけれど、故郷の話などを聞き、私は関東周辺の地図を描こうとしたけどまったく上手くかけずに苦戦、やや混乱を招いたがなんとかなった。聞き取れない言葉の中にも咄嗟にでてくる言葉がいくつかあって「白砂青松の〜」だとか故郷で勇名な偉人の名前だとか、その人のバックグラウンドで色濃くあるようなものを口にしてくれて、私の手書きの地図をより個性的なものにした。
最後まで話をしてくれた方に例の「紙のくしゃくしゃ」を提案して一緒にやってもらった。スタッフも交えて数枚のくしゃくしゃをつくりそれを広げて並べた。私は江戸っ子よ、と言っていた方が「まぁ、ほんとね。山みたいね。面白いわねぇ」といってくれて、各々のくしゃくしゃの地図(のようなものを)眺めてこちらのリビングで話を終えた。 

2つ目のリビングで席にいた方々は、少し言葉少なな方が多かった。そんな中、私がなにか話を始める前に語り始めた方がいたのだが、その話はまさに道をたどるような話だった。ここに来るまでの道のりを「〇〇にある家をでてから〇〇で止まって、そこを曲がってそこから真っ直ぐきたの」というような話で、私は先程のようにその道のりをメモにしてみてた。それ以外の話をしようとすると“はて?”という感じだったので話を留めてこのテーブルでもクシャクシャをつくった。「手のリハビリなの?」と聞かれもしたけど広げたものをまたみんなで比べてみることに。「目がよくみえないからわからないわ。」という女性がいたので私のくしゃくしゃと彼女のくしゃくしゃを渡して手で触ってもらったら、ちらっと私のほうをみて「全然違うわね」とほんのり笑ってくれた。

3つ目のテーブルは3人の男性。まぁまぁ、コーヒーでも飲んで。という感じで招き入れてくれてなんだかお家にお邪魔した気分になった。よく話をしてくだった方は外国生まれ。日本に戻るまで何日かかったとか、今だったら何時間だとか、すぐに教えてくれるのがすごい。私はかなり忘れっぽいのでよく行く国さえ何時間かかるか忘れるのに。この方は日本に家族で戻ってからもなにかと移動が多かった方だったそうで、同じ席にいた「生まれも育ちも東京」という方とは対照的。ここでも紙のくしゃくしゃをやってもらったが、彼にはちょっと抵抗があったようで紙を四つ折りにしてすっと戻してきた。広げるとそこには十文字ができていて、それは気持ちのよい十字路のようだったので「これは〇〇区の交差点ですかね。これは〇〇坂?」と私が言うとちょっと笑ってくれた。移動の多い暮らしをしていた方の紙はやや細かめのくしゃくしゃで、私が「飛行機からみた地形みたいじゃないですか?」ときくと「そうですねぇ、鳥瞰図(ちょうかんず)みたいですね」と言ってくれた。

10枚ほどのくしゃくしゃの紙が集まったところで今日は帰ることにした。その帰り道、みづほでの時間を振り返りながら「予想以上に紙のくしゃくしゃ、楽しんでもらえたなぁ。面白いって言ってたし」といい気分でいたところでふいに最初に話しをした江戸っ子さんの言葉を思い出す。「江戸っ子は、〜〜人をいい気にさせるのが得意なの」。まんまといい気にさせられたのかもしれないな、、我に返り笑ってしまった。

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