活動日誌

ザ・東京ヴァガボンド x はぁとぴあ原宿

2017.11.2

テンギョウ・クラ

僕はナルシシストだ。
自信過剰で自意識過剰。
同時に自己肯定感の低さと被害妄想に苛まれている。
分裂したマインドの間を心が行ったり来たりしているのが僕という存在だ。
この状態にもう慣れてしまったが、生きづらいと言えば生きづらい。
社会にとって自分は不必要な存在なのではないかと、いつも他者と自分を比べながら孤独を感じている。
だから僕には自意識が発生しにくい環境がとても貴重なのだ。
例えば自分のライフスタイルにしているヴァガボンドという在り方。
知らない土地で知らない人たちの暮らしに混じって生活する。
知らないことだらけだから、目の前の事象に意識を捉われ自意識が活発になる暇があまりない。
それはまるで目の前で起きていることに夢中になって我を忘れる子供と一緒かもしれない。
知らない土地の知らない人と笑顔を交わすこと。
見知らぬ僕を温かく受け入れてくれる人に出会うこと。
そういうささやかだがかけがえのない感謝のモメントを重ねることで、人として不完全という完全さ(あるがままでいいということ)を学び、それを受け入れることが出来始めた。
ヴァガボンドは僕がこの世界で生きていくためになるべくしてなった在り方だった。
TURNの交流プログラムに参加して出会った知的障害を持った人たちと、その人たちを愛と敬意を持ってサポートするスタッフさんたちが生み出す福祉施設の空間は、そんな僕にとって新たな次元の旅となった。
施設の利用者さんたちが好きなことに夢中になれる環境を、一緒になって楽しみながらクリエイティブに作っていこうとするスタッフさんたち。
そこでは誰もが「ただそこにいるだけでいい」という、自己の存在を無条件に肯定されている安心感が満ちていた。
相手の気持ちを慮って自分の行動をコントロールすることが一般社会では求められる。
それは日本に限らず世界のどの地域でも見られることだ。
ただ日本の社会では、圧力と言ってもいいくらいのレベルでそのスキルを要求されることが多々あると感じている。
自分はちゃんと空気を読めているか。
自分はちゃんと周りに溶け込めているか。
そんなことばかりを考えるコミュニケーションを取らされているうちに、子供達は自意識過剰な大人になっていってしまうのではないだろうか。
その日本社会の中で、障害を抱えた人たちとその人たちをサポートするスタッフさんたちが生み出す「個人の存在への寄り添いと敬意」がベースとなった福祉施設との交流は、住む場所を変えながら暮らしていくこととはまた違う、例えるなら海で一定の場所に深く深く潜っていくような静かでそして厳かなインスピレーションに満ちていた。
今回お邪魔させてもらった「はぁとぴあ原宿」でも、とても深い海にダイブさせてもらえたような気がしている。
印象的だったのは、利用者の皆さんが個性的なのはもちろんの事、そこで働いているスタッフさんたちが非常に優秀かつ興味深い人たちで、僕は訪問の度に刺激を受けていた。
これは僕のまだ浅い経験から感じたことではあるが、魅力的な福祉施設には間違いなくユニークなスタッフさんたちが揃っている。
その人たちの才能たるや時に圧倒されるほどで、彼らから自分の固定概念外のものごとを学ばせてもらえることが僕には有り難かった。
魅力あふれる利用者さんたちと才能溢れるスタッフさんたちのハーモニーが、「はぁとぴあ原宿」に流れる時間をとてもヴィヴィッドでカラフルなものにしていたように思う。

「はぁとぴあ原宿」で学んだことの中では、あるスタッフさんとのやりとりが忘れられないでいる。
訪問二日目に、利用者さんたちが帰宅された後、静かになった部屋に残ってスタッフさんが後片付けをされている横で壁に飾られたイラストやデザイン文字などを見ていた。
その中に一枚、手書きのアルファベットで「TMAGINATIONS」と書かれたカードがあった。
普通に考えれば、単純に “I”が“T”に置き換えられたデザインのものだと思うだろう。
僕はスタッフさんに「これってイマジネーションの頭文字をあえてTにしているってことですよね」と軽い気持ちで同意を求めた。
「さぁ、、わかりませんねぇ」
スタッフさんは、少し考え込むように答えた。
その瞬間、僕は頭をガツンと殴られた思いがした。
この部屋で長い時間を過ごしているスタッフさんだから、もうずっと前にこのカードに書かれているTMAGINATIONSという言葉の意味することに決着をつけているものだと、僕はてっきり思い込んでいた。
でも実際は、僕より何百倍もこのカードを書いた利用者さんのことを理解しているはずの彼女だからこそ、僕のように軽々しく分かったような顔でこのカードを見ていなかったのだ。
なんという個の存在への敬意だろう。
他者が考えていることなんて本当は絶対に理解しきれない、そこを起点としなければ敬意あるコミュニケーションは成立しない。
そんな当たり前のことを僕は忘れてしまっていた。
「相手の言いたいことは分かった」
そう結論づけた時点で、その相手とのコミュニケーションは終了してしまう。
僕はそのカードを見て“I”が“T”になってるだけのはずと思い込んだ瞬間から、そのカードを書いた利用者さんが発していたはずの何かもっと奥深いものを受信する可能性を放棄してしまったのだ。
これは僕の勝手な想像だけれど、わかりませんと言ったそのスタッフさんは、彼女の中で実際にカードに書かれている真意が分からないと思っているからこそ、TMAGINATIONSという文字から日々言葉にならないメッセージのようなものを受け取っていたのだと思う。
コミュニケーションにおいて「知る」ということと「分かる」ということは意味が異なる。
コミュニケーションを通して「知った」ことで近づく人との関係が、「分かってしまった」ことで終わってしまうことだってあるかもしれない。
「あなたの言いたいことが分からないからこそ私はあなたと居たい」という内田樹の言葉を借りるならば、お互いが分からないまま一緒にいるという関係には常に敬意あるコミュニケーションが内在されているのかもしれない。
そのスタッフさんとのやりとりで、僕は改めてそのことを思い知らされた。

「はぁとぴあ原宿」では数えきれないくらい美しいモメントに出会わせてもらった。
僕が見学に行くとテンションが上がって、体調が悪い時でも満面の笑顔で踊りを披露しようとしてくれた利用者さん。
大きな体を揺さぶりながら、音楽の時間に優しい美声で村下孝蔵の曲を熱唱していた利用者さん。
お殿様のように端正な顔立ちでいつもはマイペースに自分の世界の中で過ごしているけど、お昼の時間になると目がよく見えない別の利用者さんの手をしっかり引いて食堂まで連れて行ってあげていた利用者さん。
「はぁとぴあ原宿」に来たばかりの頃は暴れたりして難しい時期もあったけど、今はだいぶ落ち着いて他者とのコミュニケーションもとれるようになってきた利用者さんが、イチョウの金色の落ち葉で埋まった代々木公園でのウォーキングで見せてくれた爽やかな笑顔と澄んだ瞳。
面倒見が良くみんなの笑いの中心にいることが多いのに、時々静かになったなぁと思ったら間違いなく寝落ちしていた利用者さんの穏やかな寝顔と彼女の丸い背中。
まだ若くて感情をコントロールしにくく、何かの拍子にふてくされてしまって家に帰りたくてしょうがないため、スタッフさんにすっかりバレているにもかかわらず仮病を使おうと体温計の温度を必死に上げようとしていた利用者さん。
屋上菜園で玉ねぎの苗を植える際、カナブンの幼虫を土から除去する仕事を得意としていて、見つけると容赦なく日光で熱くなっている屋根の部分に置き去るが、その際に優しく「バイバイ」と手を振っていた利用者さん。
スタッフさんがプラ板に貼ったビニールテープを剥がしては丸め剥がしては丸めしていた利用者さんが、作業の合間に大きな窓辺から外の景色を眺めていた時の彼の後ろ姿。
いつも誰かのアテンションを求めていて、僕が行くと大きな声で「見て!見て!」を連発して一緒にいる間じゅう賑やかだった利用者さん。
彼が帰り支度で真剣に不自由な手と足をコントロールして靴を履く際にだけ彼と僕の間に訪れた濃い静寂の時間。
織物をメインとしている工房で利用者さんたちが奏でていた、それぞれの個性と身体性を反映した機織り機の協奏曲。
繊細な作業ながら無邪気さを伴うスキンシップでみんなが自然と笑顔になっていた歯磨きの時間。
僕が撮ったそういった利用者さんたちの日常の写真を見た後、一人のスタッフさんがこんな言葉をくれた。
「愛の光に溢れている。でもいつも利用者さんと一緒にいるとその愛の光に包まれる瞬間を忘れがちになってしまう。写真はそれを思い出させてくれますね」
確かに僕には利用者さん一人一人が毎回とても魅力的に見えたし、皆さんの日常風景に美しさを感じていた。
ただそれはやはり、「はぁとぴあ原宿」のスタッフさん一人一人が日々変わらずに利用者さんたちとの愛と敬意あるコミュニケーションを心がけているからこそだと思った。
僕は「はぁとぴあ原宿」のような素敵な福祉施設の利用者さんとスタッフさんのコラボレーションで生まれる毎日の風景にこそ、閉塞した社会で窒息しそうな人たちの心の壁に風穴を開けられるヒントがあるような気がしているんだ。

「はぁとぴあ原宿」の皆さん、三日間という短い間でしたが朝から夕方まで本当にお世話になりました。
原宿という少し苦手意識のある場所へ毎朝ワクワクしながら向かうことが出来たのも、皆さんとの出会いが心から楽しかったからです。
アフリカへ向かう前に三宅施設長さんから頂いた皆さんからのアクセサリーと手紙は、今もアフリカで僕のバックパックの中にお守りとしてしまってあります。
自分が何者かなんて社会概念が勝手に決めることであって、自分の魂はアイデンティティを必要としない自由な存在なんだと思って生きてきました。
だからきっと僕に帰るべき場所なんて本当は無いんだと感じながら放浪し続けてきた僕にとって、
「元気で行って、そして帰ってきてください。」
というこの手紙の一言は、自分が初めて見る素敵な風景に出会えたようでとても嬉しかったです。
皆さんとの再会を楽しみに、もう少しアフリカでのカルチャーダイブを続けます。

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