[交流先の声] 重なりを見つけることで生まれる共感力

大井妙子(認定NPO法人ももの会理事長)

JR西荻窪駅から徒歩約5分。杉並区立桃井第三小学校の一角にある「桃三ふれあいの家」には、毎日30人ほどのお年寄りが集まり、絵手紙や俳句、囲碁、麻雀、書道、謡曲などを楽しんでいます。このデイサービスは、理科室のあった校舎を改修して2000年に開設。運営を担う認定NPO法人ももの会は、そのほかに高齢者を中心とした地域の人たちが交流できる居場所「かがやき亭」、年齢・性別・障害の有無に関係なくさまざまな人が一緒に過ごせる「だれでもカフェ~ももふらっと」などの事業を行っています。2017年度からTURNに参加している認定NPO法人ももの会の大井妙子さんに、アートについて、TURNについて、お話を伺いました。
<「TURN JOURNAL SUMMER 2019-ISSUE02(2019年8月発行)」より>

桃三ふれあいの家の俳句の日。左に座っているのが、TURN交流プログラムで2017年度からふれあいの家に通うアーティストの伊勢克也さん。

年齢を重ねて「自由」と出会う

——桃三(ももさん)ふれあいの家(以下、ふれあいの家)がスタートして20年が経ちますね。多くの高齢者の方と接するなかで、大井さん自身の変化などはありましたか。

 お年寄りと接するなかで、認知症の方は1日のうちにも、またそのときの状況によっても、意識の濃淡があります。その様子は認知症のない方にも同じように感じられます。1日のうちでも良い時があったり、はっきりする時があったりします。人はみなそれぞれ違うものです。だから、障害があるとかないとか、健全だとかそうでないとか、その境目ってないのではないかと。これまでの経験から思うことですが、どんな人でも自分と同じところや同じ思いが重なるところがあって、それを見つけることで共感が生まれていくのではないでしょうか。
 ふれあいの家には百歳を超える人もいて、通われている方の大半は一人で日常生活を送ることが難しい方です。つまり身体的に、または認知的に何らかの支えが必要ではありますが、感情や自尊心などが劣えているわけではありません。最近の記憶がわからないだけで、これまで生きて来られた経験や事実はなくなってはいないのです。
 私自身、年齢を重ねて身体能力も記憶力も低下していると感じます。でも精神はその逆で、こだわりから年々解放され、気持ちも自由になっている。若いときは、努力しなければ、がんばらねば、という自我が重かったのですが、そこから解放されると案外自由でいられるものです。
 ふれあいの家では、講師ボランティアが来て絵手紙を描く時間があります。みなさん本当に自由で、先生の言葉も気にせずに「楽しいわー!」と言いながら描いています。そういう方の絵や言葉には力があります。小さなハガキが大きく見えたりするんです。そんなみなさんの様子を若い人も見てくださったら、きっと年をとることをネガティブに思わないんじゃないかしら。
 精神が自由になると、それまでのしがらみや我欲から解き放たれ、本来の自分に戻り、若々しい表情の楽しい時間になります。私たちの行う介護の究極の目的は、一人ひとりの高齢の方が本来のご自分を取り戻し、解き放たれて、1日1日を楽しく過ごしてくださることです。そして、自分の一生は良い生涯だったと思っていただくことです。

——ふれあいの家の近くで運営している「かがやき亭」は高齢者を中心としたさまざまな世代の人の居場所として、「子ども食堂」も定期的に開催されています。

 私より若い世代の方々を見ていると、社会生活のなかで、目標を達成しなきゃ、一生懸命努力しなきゃ、と真面目な方が多いですよね。家庭、仕事、学校というように枠組みがいくつもあって、その抑圧や呪縛に対し、精神の自由はどのように担保しているんだろう、と。もっと自由に生きてほしいと思うけれど、それは大きな命題です。人はその人の育った社会や時代の制約のなかでつくられていくのでしょう。
 私は戦時中の生まれです。その頃は物質的にも貧しく、多くの人が亡くなり悲しみや怒りに満ちた時代。とにかく生きていくことが先決で、社会の枠組みどころではないのです。しかしそれは、今思うと、ある意味精神的な自由があったのかもしれません。そこから平和が続き、経済的には豊かになりましたが、精神的な貧困を感じます。
 「かがやき亭」では、毎月第2・第4土曜日に子ども食堂が開かれています。そこでは、幼い頃から塾に通い、道から外れないように、落ちこぼれないようにと、心をすり減らしている子供を多く見かけます。「親も一生懸命がんばっているから自分もがんばらなければ」と、苦しんでいる子供もいます。そうした子供たちに「そのままのあなたでいいのよ」と解き放ってあげたいとしばしば思うのです。テストの点数が悪い、スポーツもできない、でもそのことに焦ったりしなくていい。あなたはあなたのままでいいんだよ、と。

桃三ふれあいの家にて描かれた絵手紙。

介護力とは、自然体で人を包み込む力

——そのなかで、最近「だれでもカフェ~ももふらっと」(以下、ももふらっと)を始めたのはなぜでしょうか。

 ももふらっとは「このまちに誰でも集まれる場所をつくりたい」と思って始めました。音楽やダンスを体験し、いろんな人の交流や出会いを目的としています。今は1カ月に1回のペースで、近隣の児童館や福祉施設で、歌や踊りの講師を呼んで開催しています。
 きっかけはある重度の障害のある男の子との出会いでした。ある日かがやき亭に、「誰かと食事をすること、音楽を聴くことを経験させてあげたい」と、お母さんが彼をストレッチャーで連れて来ました。彼のように、誰かと一緒に食べたり飲んだり音楽を聴いたりしたくても、コミュニティがない。同じ地域に住んでいながら、その現状を知らずにいたことに私は胸が痛みました。音楽を聴く彼は目が輝いていて、「家では食が細いけれどここだとよく食べる」とお母さんはおっしゃいました。その出会いから、私はいろんな人がいきいきとした時間を過ごせる場所をつくりたい、と思ったのです。
 これから日本は少子高齢化に人口減少のなか、ますます精神的な豊かさや人間性の回復が重要になっていくでしょう。そのためには文化が必要なのだと思います。音楽、美術、身体表現、それから畑で種から育てて実を収穫するような経験も含めてクリエイティブな経験が大事になっていくのではないでしょうか。

——TURNには1年ほど前から参加されています。アーティストの伊勢克也さんが最初にふれあいの家に来たのは2018年の1月でした。そこから伊勢さんは、時々ふれあいの家に来て、みなさんと一緒に絵手紙や俳句に参加しています。伊勢さんの様子を見て、いかがですか。

 最初、伊勢さんは大学の教授だと伺っていたので、きっとまず理論ありきの方ではないかと思っていました。ですが、そうではなかったんですね。初めていらしたとき「ここはなんともいえない、心地いい空気がありますね」と言われました。私は人と人との重なりを見つけることが大事と気づくのに時間がかかりましたが、伊勢さんはもともと共感力の強い人。そして、自由な精神をもっていらっしゃる。アーティストだなあと思いました。
 介護の仕事をしていなくても、根っからの介護力があるんですよ。私の考える「介護力」とは、自然体で人を包みこめる力です。それは人への肯定感があるんじゃないかしら。自分への肯定、そして他人への肯定。自分を信じられて、相手も信じられるんですね。それをごく自然にしていらっしゃる。いるだけでその場が楽しくなる人。そういう人なんです。

聞き手/構成:佐藤恵美
写真:冨田了平
 

大井妙子(おおい・たえこ)

1943年生まれ。両親や義母の介護を経て、東京YMCA福祉専門学校卒業後、2000年4月にNPO法人ももの会を設立。杉並区立桃井第三小学校のなかで、区立高齢者サービスセンターの運営を行う。2010年より西荻・まちふれあいかがやき亭を開設。地域の人びとの生きがいをつくる居場所の運営を担う。社会福祉法人サンフレンズ評議員、NPO法人東京YWCAヒューマンサービス理事。

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