[板橋区立小茂根福祉園とTURN] 風が吹き、夢はおどるー Episode3:変化との向き合い方

取材・文:長瀬光弘

前年の『風くらげ』で手ごたえを感じたダンサーの大西健太郎さん。小茂根福祉園の利用者との交流を重ね、次に取り組んだのが『風あるき』。『風あるき』は、自分の体の形をかたどったキラキラしたフィルム状の『みーらいらい』と一緒に外を散歩する、というもの。『みーらいらい』とはどのようなものなのか。参加者の反応は…。そして、少しずつ“アートの力”が浸透してきたタイミングで園長の交代が訪れたことなど含め、さまざまな変化を迎えた小茂根福祉園とTURNの3年目を紹介します。
<「TURN JOURNAL 2018(2019年3月発行)」より>

『風あるき』のワンシーン。近くの公園を、『みーらいらい』を持って練り歩いた 写真:野口翔平

想像を超えてくる

フェス2を無事に終えた大西と小茂根福祉園。少しの休憩を挟み、次の活動として始めたのが『風あるき』だった。
これは『みーらいらい』というメンバーや職員の体の形をかたどったキラキラしたフィルムを棒にくくりつけ、外を散歩する、というものだ。初めての『みーらいらい』制作と『風あるき』は、2017年3月の終わりに実施された。外では桜の花びらが舞い、春の訪れを知らせていた。

「『風あるき』で手に持つ『みーらいらい』の制作は複数人で行うのがポイントです。メンバーに直接触れながら、キラキラしたフィルムの上に寝そべってもらって型を取る。メンバーには、他者に直接体を触れられて介入される経験をしてみてもらいたい、という思いがあったんです。メンバーはそれぞれの世界観を持っていて、自分の居心地のいい場所を見つけるのがうまい。まずは、その空間がどんなものなのかを見てみたかった。さらに、TURN ではそこからはみ出る経験をしてみてほしかったんです」

『みーらいらい』の型を取るメンバーたち。直接体に触れ合うことで、“介入”されている

『風くらげ』で手応えを感じていた大西は、より積極的にメンバーに介入していこうとしていた。メンバーも大西にかなり慣れてきたようで、親しげに接してくれるようになっている。(さて、『みーらいらい』づくりで、メンバーはどんな反応をするのか?)大西は想像を膨らませながら、当日を迎える。しかし、そこは小茂根福祉園の面々。またしても大西の想像を超える反応を示してきた。

「まずね、ほとんどの人が寝ないんですよね。寝ないと『みーらいらい』ができないんですけど、簡単には寝ようとしない。あと、寝そべったと思ったら、本当に眠っちゃたり(笑)。昨日あったことをひたすらしゃべってるってだけの人もいて、とにかく想像以上のことがそこら中で起きた。その光景はすごく面白かったですね」(大西)

長年施設で働いて、はじめての体験

『風あるき』のワンシーン。近くの公園を、『みーらいらい』を持って練り歩いた 写真:野口翔平

なんとかつくり上げた『みーらいらい』を手に持ち、いよいよ外へ。キラキラと光る『みーらいらい』は風になびいて、その形を常に変えていく。決まりきった形はない。ともに参加した工藤前園長は『風あるき』の思い出をこう振り返る。

「なんか不思議な形をしたキラキラしたものを手に持って歩くと、童心に返った気分になってね。利用者は童心ともまた違う感情なのかもしれないけど、すごく楽しそうにしていました。『遊園地に行ってすごい楽しい!』というのとはまた違うんですけど、なんだか心地いいというか。走って、『みーらいらい』が揺れているのをみんなで見て、面白いなーっていうのを感じている。そんな体験は長い間この施設で働いていて初めてでした。これが、“アートの力”なのかなって思いました」(工藤前園長)

この2日後、工藤前園長は小茂根福祉園から別の施設へ移ることになる。

TURNとの出会い方

園長の交代は、『風あるき』が実施される前には運営スタッフにも伝えられていた。初期のつまずきをともに経験し、大西の交流プログラムへのフォローをしながら“アートの力”を感じ始めていた工藤前園長がいなくなる。運営チームはこのまま小茂根福祉園でのTURNを継続できるのか、不安を抱いた。交流プログラムにおいて、運営チームは、アーティストと施設の間に入り、関係性を構築するサポートを行っている。交流現場にも立会い、その日その日の様子や変化を見ながら、第三者的な視点で双方の活動のフォローアップをする重要な役割を担っているのだ。その過程で、つまずきから始まった工藤前園長との信頼関係は着実に構築されてきていた。そんな矢先の、園長交代だった。

新たに園長に着任したのは水谷貞子。若い頃に小茂根福祉園で勤務していた経験がある。その後、別の施設で施設長を経験し、また小茂根福祉園に戻ってきた。福祉施設職員としては経験の長い水谷園長だが、アートの分野には、とんと無関係な人生を歩んできた。そんな彼女が工藤前園長からの引き継ぎでTURN について聞いたときは、はてながいっぱいだったという。どこかで聞いたような話だ。

「さっぱり何のことだか。『KOMONEST』はわかるんですよ。グッズをつくって、販売するという明確な目的があるので。でも、TURNに関しては…」(水谷)

水谷園長が着任してすぐ、職員とメンバーで花見に出かけた。『みーらいらい』を手にしたメンバーが、桜の木の周りを楽しそうに歩き回るその光景に、水谷園長は衝撃を受けた。

「『はい?』って、心の中で何度もつぶやきました(笑)。影みたいなものを持って、利用者が歩いていて。すごいインパクトでした」

当時、『みーらいらい』という言葉を把握できていなかった水谷園長は、その物体を「影」と表現して受け止めていたらしい。そうしたTURN との出会い方も、今振り返ると面白い。「私はスクエアに当てはめて物事を考えるタイプだから」と水谷園長は自らの性分を分析する。工藤前園長はTURNについて一通り水谷園長に説明した後、困惑する表情を浮かべる彼女に「考えないほうがいいですよ。体験して、感じる。それがアートですから」とアドバイスを送った。

期待と疑問

TURNを社会にひらいていくにはどうすればいいか。監修者の日比野克彦とともに、一時期「TURNセンター構想」を模索していた。これは、TURNを日常的に体験できる場をつくろうという目的で立ち上がったもので、TURNセンターという拠点づくりを当初は想定していた。
しかし、活動を続けていく中で、考えが変わっていく。「それぞれの施設で、日常的にTURN が行われ、地域にひらいていくのがいいんじゃないか」。こうした考え方から生まれたのがTURN LAND(以下、LAND)だ。

大西といい関係性を構築しつつある現場を間近に見ていた運営チームは、小茂根福祉園にはぜひともLANDに参加してほしいと思っていた。しかし、LANDの説明を聞いた施設側は難色を示す。「私がまだTURN をよく理解してなかったし、その上で、地域にひらくっていうのはハードルが高く感じたんです」(水谷)水谷園長だけでなく、高田も難しさを感じていた。それは、実務を取り仕切る彼女ならではの視点からだった。

「LAND化して、定期的に活動を行って、地域にひらいていく。そのビジョンは理解できました。でもそれを実現するには、より施設側の主体性が必要になってきます。予算も、施設側が管理することになる。ようやく私一人がTURN に慣れてきただけで、まだ他の職員には行き届いていない部分もありましたから、まだ早いのかなと、率直にお伝えしたのを覚えています」(高田)

小茂根福祉園に飾られた「みーらいらい」(左から2人目が大西)

大西はLAND化の話を聞いたとき、「期待と疑問が半々」な気持ちになった。
「期待というのは、小茂根福祉園に“関係者”と呼ばれる人以外のいろんな人が来て、メンバーとの楽しい交流が生まれればいいんじゃないか、ということ。疑問というのは、真逆の話ですけど、ひらく意味ってなんなのかな、ということです。『風あるき』をしていたときに、メンバーに向かって小さい子が近寄ろうとしてきたんです。それを親御さんが、何か言いながら止めました。その光景が今でも印象強く残っている。きっと反射的にそのように行動させる風景に見えたのだと思います。ひらいていけば、またそういう場面を生み出す可能性もある。それが、いいことなのか、どうなのか。今もまだ答えは出てないんですけどね」(大西)

結局、小茂根福祉園をLAND化するという話は一旦保留となり、これまで通り交流プログラムとして継続していくことになる。何かを続けようとすれば、変化は必ず起きる。その変化に対して、ときに戸惑い、ときに衝撃を受け、ときに立ち止まりながら、向き合っていく。TURNと小茂根福祉園の三年目は、さまざまな変化とともにスタートしていった。

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