[板橋区立小茂根福祉園とTURN] 風が吹き、夢はおどるー Episode4:より近く、より広く

取材・文:長瀬光弘

小茂根福祉園と大西健太郎さんの交流がはじまり1年が経った頃、小茂根福祉園では日中の活動にTURNが組み込まれ、利用者からも「TURN」や「大西さん」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。大西さんはこの年のTURNフェス3で、来場者に小茂根福祉園での『みーらいらい』づくりの光景を体験してもらう大胆なプロラムを展開しました。TURNフェス3で見せた小茂根福祉園の利用者が見せた“主役”としてのふるまいや小茂根福祉園の職員の声を紹介します。
<「TURN JOURNAL 2018(2019年3月発行)」より>

TURNフェス3 での『みーらいらい』づくりの様子。小茂根福祉園での光景がそのまま東京都美術館でも再現された 写真:伊藤友二

続けていくために

小茂根福祉園では、メンバーごとに一年間の個別支援計画を立てている。高齢者介護施設における、ケアプランのようなものだ。職員がメンバーと面談しながら、その年の目標をつくっていく。面談の中で、メンバーの中から「大西さん」「TURN」という言葉が頻繁に出てくるようになってきていた。

「今では、目標の中にTURN の活動が入っている利用者さんもいます。2017 年に入ってから、特に意識が変わってきたように感じます」(高田)

    TURN交流プログラムの予定表(小茂根福祉園)

利用者の中で、確実に大西、TURN の存在は大きくなってきていた。施設側もTURN をより日常的なものにしていこうと、時間の取り方を2017年度から変えている。
それまでは通常の作業時間を調整して、「TURNのため」の時間をわざわざつくっていた。それを、日中の通常の活動時間内に組み込むシフトを作成したのだ。これは、高田以外の職員が『風あるき』のプログラムをメンバー、大西と行うことも意味する。このことについて、2017年6月に行われた第1回TURNミーティングで高田はある課題とともに語ってくれている。

アートの活動を福祉施設で継続的に行うには

「大西さんとの活動はとても楽しくて、利用者さんとの距離もどんどん近づいています。一方で1回きりの活動で終わってしまう、という課題もありました。アートの活動を福祉施設で継続的に行うにはどうすればいいか。私以外の職員にも少しずつ参加してもらうにはどうすればいいか。そういうことを最近は考えています」(2017年6月第1回TURNミーティングの高田の発言より)

大西も参加しながら、どうすれば継続性を保てるか、話し合いを重ねた結果のシフトだった。些細な変化にも思えるが「よそからゲストが来て行う特別なアクティビティ」から、「日常に溶け込むアクティビティ」に変えていこうとする姿勢が見て取れる。
8月に行われるフェス3 を控え、『みーらいらい』づくりと『風あるき』をとおした交流が続いた。この時期は、同じプログラムの繰り返しの中でゆっくりと交流が行われた時期だった。この時期について、大西は日報にこう記している。同じプログラムが続き、メンバーがつまらなく思わないか、という懸念から文章は始まる。

同じ作業の持続」という懸念をしていたが、作業の種類によっては、むしろその作業を延々繰り返す人もいた。そして、その行為はまったく「同じ」ことに見えなかったということ。いや、言い換えが重なるようだが、行為する身体の見た目だけではなく、興味やこだわりみたいなものの振幅も「同じ」ところに行ったり来たり。
徹底的に同じことを反復しているようにも感じた。
これまで自分にとって、興味やこだわりと呼ぶものは、ある変化を伴っていくものだと思っていた。が、この光景を眼の当たりにしたとき、変化しない興味があってもいいんだという気分になった。なぜなら、目の前でゆっくりと『みーらいらい』を振り続ける彼の表情に一点の曇りもなかったからだ。

(2017.6.7 日報「変化しない興味があってもいい」より)

高田や大西が話し合いを重ね、少しずつ変わっていこうとしている中、メンバーにとって個々の興味が芽生え始め、その中には“変化しない”という興味のあり方も存在することに気づかされた。

「好きだな、こういうの」

フェス3に向け、大西は小茂根福祉園のメンバーが“主役”となるプログラムを実行できないかと考え始める。

「『みーらいらい』づくりの作業をしていると、よく“合いの手”がメンバーから入るんですね。作業が行き詰まったり、困ったりしているメンバーがいたら、その様子を見ているメンバーから『大丈夫ぅ?』といった感じで声がかかるんです。それがきっかけで、会話が始まって、場が動きだす。自分にも『疲れてない?』みたいな声をかけてくることもあって。そうした風景とか掛け合いごと、フェスの会場に持って行けないかな、という構想がありました」

大西はフェス3の会場に、『みーらいらい』づくりの作業風景をそのまま再現しようという大胆なプログラムを計画していた。

「運営チームにも手伝ってもらって、美術館の中で、『みーらいらい』づくりができるようなしつらえを用意してもらいました。そこでは、メンバーが主役です。来場者ももてなしたり、一緒に作業をしたりする。来場者には、直接メンバーと触れ合いながら、初めて小茂根福祉園に来たときの僕みたいに混乱して帰ってほしいと思っていました」(大西)

この提案に高田も乗り気だった。そもそも、高田がなぜこうまでしてTURNの活動に深くコミットしようとするのか。その理由の一つは“利用者の経験値”にある。

「利用者さんは普段は施設の中で作業をして、家に帰る。その繰り返しです。それだけだと、なかなか利用者さんの経験値は上がりません。やはり、多くの人に触れ合って、刺激を受けることで、利用者さんの表現の幅や何か新しいことを受け入れる幅が広がっていく。だから、TURNでさまざまな体験をして、多くの人と出会うのは、利用者さんにとってすごく大切なことなんです」(高田)

活動をとおして、メンバーは各々の経験値を蓄えていく

フェス3では、実際に来場者がメンバーと触れ合いながら、『みーらいらい』づくりを行った。おもてなしをする側となったメンバーの様子はどうだったのか。またしても、大西は想像を超える風景を目の当たりにする。

「面白かったですね。メンバー、すごい乗り気で。恥ずかしがるかな、とも思ってたんですけど、自分がステージの上にいるというか、スタッフ側になれることが楽しかったみたいです。パフォーマンス力を発揮してくれたなと思いました」

大西はこのとき、メンバーたちは人前で何かをやることに対しては、決して否定的ではないことを知る。むしろ「好きだな、こういうの」という思いを抱いた。この気づきが、あとの活動にも大きく影響を与える。

出会いと気づき

フェス3では、他にもさまざまな出来事が起きている。この後、小茂根福祉園での活動にアーティストとして参加することになる宮田篤がTURNサポーターとしてこの場に居合わせていた。宮田は当日の朝まで、大西がどういうプログラムを展開するのか、ほとんど知らなかった。

「TURNサポーターには事前に説明会があるんですけど、用事があって行けなかったんですね。大西さんのことも資料でプロフィールは拝見していましたが、会うのは初めて。小茂根福祉園のメンバーが来て、ここで『みーらいらい』をつくる、ということは朝知りました。でも、キラキラしたフィルムの上に寝転がって、型を取るというそれ自体はシンプルな一連の作業の流れにきれいさを感じて、すぐに何をやるのか理解できた。誰でもできるなと思ったのと、自分の問題意識にもつながるところがあって、すごく共感しました」

宮田はサポーターとして、来場者に「参加してもいいですし、見てるだけでもいいですよ」といった声がけをして、なるべくその場にいやすい空気をつくるように心がける。メンバーと参加者の間に立ちながら、落ち着いて丁寧に接する立ち居振る舞いは、その日初めてプログラムを知った人間とは思えないほど自然だった。

サポーターとして参加した宮田(右から二人目)

水谷園長にとっては、初めてのTURNフェスだった。会場に赴き、小茂根福祉園のワークエリアに置いてあったあるパンフレットが目に入る。手に取り、そこに掲載された写真を見て、水谷園長は「あ、こういうことなのか」という気づきを得る。

「『風あるき』の活動報告のようなものが4ページぐらいの小さなパンフレットになって置いてあったんですね。大西さんがつくってくれたようです。そこには、桜の木の周りで、『みーらいらい』を持って歩く利用者さんの写真が掲載されていました。素直に『綺麗な光景だなぁ』って思いましたね。その場にいたときは『は?』って思ってたんですけどね(笑)。初めて客観的に見て『あ、こういうことをやっていたんだ、私たちは』って気づいたんです。工藤さんが言っていたアートの意味が、少し理解できた気がしました」

TURNフェス3の会場で配布したパンフレット

各地で行われているTURNの風景が“一堂に会す”フェスでは、毎回さまざまな出会い、体験、気づきが生まれる。フェス3でも、小茂根福祉園の活動に大きな影響を与える、出会いや気づきが誕生していた。

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