[板橋区立小茂根福祉園とTURN] 風が吹き、夢はおどる ー Episode5:チャレンジが始まる

取材・文:長瀬光弘

2017年秋、大西健太郎さんと小茂根福祉園は新たなチャレンジを始めます。それは 『「お」ダンス』と呼ばれるプログラム。『「お」ダンス』は、言語を用いずに身体や表情を介したコミュニケーションを通して、人と人の新しい出会い方や身体のもつもう一つの「ことば」を探求するプログラム。『「お」ダンス』の説明を聞いて戸惑いを見せる職員がいる中、どのように『「お」ダンス』は小茂根福祉の利用者に受けいれられていったのでしょうか。そこには、小茂根福祉園と大西さんの経験の蓄積、そしてアーティストの宮田篤さんの存在がありました。そして、TURN LAND(*)としての取組をスタートした小茂根福祉園。施設での活動を外にひらいていった様子を紹介します。
<「TURN JOURNAL 2018(2019年3月発行)」より>

TURN LANDとは、福祉施設や団体が主体となり、アーティストとともに参加型のプログラムを企画していくプログラム。場所のもつ従来の機能に、市民が集まることができる地域にひらかれた文化施設としての役割が加わり、TURNを日常的に実践する場を目指しています。

メンバーの保護者を招いて、日々の生活の様子や成果を発表する『Warp Garden(ワープ・ガーデン)』当日。『「お」ダンス』を初披露した 写真:冨田了平

不安

2017年10月、フェス3 を終えた小茂根福祉園は、保留としていたLAND化を承認した。半年間、TURNに触れてきた水谷園長の理解、職員側の準備などが整ったタイミングだった。水谷園長は、LAND化を承認した背景について振り返る。

「フェスが終わった後に改めて説明に来てくださったんですね。そのときは、以前よりはTURN がどういうものなのか、知ることができていました。一番大きかったのは、『地域にひらく』ことを決して義務のように考えていないということ。それが理解できたし、職員も大丈夫そうだったので、LAND化を決めました」

高田も職員への理解を進めていた。しかし、他の職員への説明にはいつも苦労しているという。「TURNについてどう言えばいいのか、いつも難しさを感じています。職員に、さまざまな業務で忙しい中、どうやってTURN と向き合ってもらうのか。でも、実は工藤前園長が異動する際に、『アート活動推進委員会』というのを立ち上げてくれたんですね。これは、TURNなどのアート活動に注力するスタッフとして、それで、私以外にも二人、こうした活動に取り組むスタッフを増やしていただき、幾分か活動はしやすくなりました。まさに、置き土産ですね」(高田)

こうした高田の悩みは運営チームも受け取っていた。そこで、関係者の情報共有を目的とした「TURN PAPER」の発行を、少しときを遡った2017年4月からスタートしている。現場とのコミュニケーションから生まれた、新たなメディアだった。

『「お」ダンス』の始まり

初めてのLANDとしての活動の前に、次なるプログラムが大西から説明された。『「お」ダンス』というものだ。
『「お」ダンス』では、参加者がペアになり、言葉を使わずに手や身体の動きだけでコミュニケーションをする「手の会話」を行う。それを観ている周りの人たちが、二人のやりとりの中で心が動かされたときに、「お」と声をかける。「手の会話」をする人と声をかける側との有機的なやりとりそのものが、『「お」ダンス』なのだ。

相手の動きを意識しながら手を重ねる 写真:冨田了平

このプログラムを聞いたとき、高田はこれまでで一番「不安だった」という。

「これまでの活動は、写真や『みーらいらい』など何かしら形に残るものでした。だから、利用者もわかりやすいし、職員への説明もしやすかった。それが、今回はダンスということで形が残らない。しかも、大西さんのダンスを真似するんじゃなくて、利用者自らがダンスする。できるかな、どうやって説明しようかな、という戸惑いがありました」

これまで通り、先に職員が『「お」ダンス』を体験してみた。具体的な物が存在しない初めてのプログラム。高田以外の職員も戸惑いを隠せなかったが、このときには「わからないけど、やってみようか」という雰囲気ができあがりつつあった。

職員向けに実施した『「お」ダンス』説明会。実際に職員にも体験してもらう (写真:田村大が撮影した映像より)

「みんな、言葉にはしないんですけど、とりあえずやってみようかという空気はありました。今思えばですけど、初めてのプログラムが『「お」ダンス』だったらみんなやらなかったかもしれません。交流を重ねてきたからこそ、できるようになったのかな、って思います」

やってみよう

LANDになったタイミングで、前述(*)の宮田が新たなアーティストとして参加することになった。その意図を大西はこう話す。
*エピソード4を参照

「しゃべりのトーンが、僕と違うんですよ。違う温度感、表現の仕方で、職員やメンバーとコミュニケーションを取ってくれる。僕は、よく話が脱線しちゃう。すると、会話の摩擦が多くなり過ぎて、これまで職員の人を混乱させてしまうこともあったかもしれない。宮田さんが入ってくれることで、リズムやトーンが変わり、言葉のイメージを乗り換えたり、別の角度から想像する余白が生まれると思って、呼んだんです」(大西)

宮田は職員が考えた『きらりグッと』という言葉を頼りに、活動に参加しようとしていた。ここで、宮田が初めて投稿した日報を読んでみよう。

はじめまして、宮田篤です。
ダンサーの大西健太郎さんと小茂根福祉園のみなさんとの『「お」ダンス』プロジェクトの活動をとおして、《TURN 版『きらりグッと』をつくる(あるいはそれは何なのか?を考える)》というお話をいただいて、そういうことをしようとしています。
そもそも『きらりグッと』は小茂根福祉園のスタッフが、事故につながる可能性のある行動などを報告してゆく「ヒヤリハット」ということばをもとにひらめいた言葉なのだそうです。
施設の中でどんな運用をしていくか、はこれから考えてゆくそうですが、この言葉があると、小茂根福祉園で日々を過ごしている方の「きらり」としたり「グッと」きたりするような、すぐに言葉にはできないような、何とも言えないものごとを見つけてゆけるような気がします。
何かわからないけれど魅力のある言葉をたよりに、いつもと違う景色をみようとする訳ですから、とてもむつかしそうだなと思いますが、福祉と芸術とのあわいにあるような気もしますし、すてきなことだとも思います。

(2017.1.21 日報「あわいをみつめる」より抜粋)

宮田は『きらりグッと』を模索する一つの過程として、活動中のメンバーの「グッ」とくる場面をスケッチしている。このスケッチについては大西も「身体の中で起きていることだから、時間が経つと忘れちゃう。こうやって描いておいてくれた絵や線を辿ることで、もう一度身体が思い出せる」と語っている。特に形が残らない『「お」ダンス』において、その時々の仕草や反応をスケッチとして残す宮田の存在は「まさにこのタイミング」にこそ必要だったのだろう。初めての『「お」ダンス』の日。高田を含めた職員は、一度は体験しているものの、メンバーができるのかどうか、まだ不安を抱えていた。大西も、職員が不安を抱いているということを聞いて、久しぶりの緊張感を漂わせる。

「大西さんが最初に自分が『「お」ダンス』をやって見せたんですよね。『「お」ダンス』も4種類ぐらい用意してくれていて、その中の『手の会話』というのが利用者さんにはすごくわかりやすかったみたいです。利用者さんの反応があったのを見逃さずに『じゃあ、皆さんもやってみましょう。もっと椅子をこっちに引いて』って一気にその場の雰囲気を前に進めました。すごい人だなぁって改めて思いましたね」

「手の会話」とは、二人一組となり、声を発さず、手の動きだけでコミュニケーションをとるダンスだ。片方が右手を上げれば、もう片方も右手を上げる。そういう素直な反応が起きることもあれば、片方が上げた手を包み込むように両手を添える人もいる。全く、反応しない人もいる。
「手と手が触れない、その間の空気を自然と楽しむ様子があって、違和感なく始めることができていた」と高田は言う。これまでのように、職員が説明をして、メンバーの反応を見てから始めていたのとは違い、大西の実演によってメンバーの参加を促すというやり方はこのときが初めてだ。「やってみよう」という空気が、職員とアーティストの間で醸成されていることがよくわかる。
『「お」ダンス』でどういうことが行われているのか、これ以上の説明は、写真と宮田のスケッチに頼りたい。

「お」ダンスの実演の様子 左が富塚
宮田篤による、『「お」ダンス』を表したスケッチ

初めての“ひらく”

Warp Garden(ワープ・ガーデン)で『「お」ダンス』をする大西と小茂根福祉園のメンバー 写真:冨田了平

2018年2月、小茂根福祉園で『Warp Garden(ワープ・ガーデン)』というイベントが行われた。これは、メンバーの保護者を招いて、日々の生活の様子や成果を発表する、というものだ。3回目を迎え、毎回職員が趣向を凝らし、発表プログラムを組んでいる。ここで、『「お」ダンス』を初めて保護者の前で披露することになった。保護者、という近しい存在ではあるが、小茂根福祉園の中で初めてTURNを“ひらく”ことになる。『Warp Garden』の運営は、高田とは別のグループが担当している。高田が『Warp Garden』の担当者に、TURNをスケジュールに組み込めないかお願いをしていた。

「LANDは外にひらくのが目的です。『Warp Garden』はチャンスだと思いました。でも、『Warp Garden』の担当者たちの中でもいろいろとやりたいことはあるし、準備を進めています。それを邪魔しちゃいけない、という思いはありつつ、チャンスはここしかない、と思ってお願いしました。それで、担当者が快く受け入れてくれたんです」(高田)

職員たちの協力もあり、初めて『「お」ダンス』が保護者の前で披露された。

「保護者の人たちは、普段とはちがう雰囲気のプログラムにすごい喜んでいました。利用者さんの新しい一面を見ることができたのかな、と思います。大西さんにも興味津々で、何か話かけて盛り上がっている親御さんもいましたね(笑)。保護者の理解も進み、結果的にはやってよかったです」(高田)

日頃から、メンバーの活動を保護者に周知しようと職員は努力しているが、「アートは目に見えないものだから、周囲の人に理解してもらうのが難しい」と高田は言う。しかし、百聞は一見にしかず。初めて、保護者にTURN に触れてもらったことで、その理解は一気に進むことになった。

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