毎回さまざまなゲストを迎えて開催しているトークイベント「TURNミーティング」。その第12回を、11月29日(日)、前回に引き続きオンラインで開催しました。
今回のテーマは、「『ろう文化』ってなんだろう ~『手』で会話する?~」。手話、顔の表情、全身の動きなどを組み合わせながら、豊かな「ことば」をつくり出す、ろう者のコミュニケーションの世界。声と耳を通じた会話とは異なるそのあり方と魅力について、俳優で手話ニュースキャスターの那須英彰さん、「手話フレンズ」代表のモンキー高野さん、手話通訳士の「らーちゃん」こと高島由美子さんとともに考えました。
多様なコミュニケーションと表現のあり方について、議論が交わされたイベントの模様をレポートします。
■ 多様なアクセシビリティの試み
コロナ禍を受け、前回同様、オンラインで行われたこの日の「TURNミーティング」。ひとつの映像内に、いかに豊かなアクセシビリティを確保するかという実験となった前回の配信に続き、今回もまた、会場には多様な「ことば」が飛び交いました。
最初に、配信場所となった、3331 Arts Chiyoda「ROOM302」の様子をご紹介します。部屋の正面には、司会のライラ・カセムとTURNプロジェクトディレクターの森司。廊下側の壁際には、イベントの様子を音声でガイドするバリアフリー活弁士の檀鼓太郎さんと、4名の手話通訳者がいました。手話通訳は前回と同じく、耳の聞こえる通訳者がまず出演者の声を手話に変換し、それを耳が聞こえない「手話ナビゲーター」があらためて手話に変換し、視聴者に伝えていきます。
さらに後方の窓際には、ゲストの那須さん、高野さん、らーちゃんと、ろう者の那須さんと高野さんの手話を声に変換する2名の読み取り通訳者、日比野が円になるように座りました。配信上の画面では、現場の声がリアルタイムで文字で表示されます。
このような多様な「ことば」を、さまざまな背景を持った視聴者に伝えるため、配信開始2時間前から行ったリハーサルも、熱を帯びたものになりました。そのなかで特に話し合われたのは、手話を使うゲストの姿をどのように映像に映すかという点です。
声による会話とは異なり、手話による会話を視聴者に届けるには、その話者を正面から捉える必要があります。しかし、2台のカメラで3名の手話を個別に追おうとすると、会話のスピードもあり、どうしてもカメラの切り替えにタイムラグが生じてしまいます。そこで、ゲストの姿を個別に捉えるのではなく、複数人を引きの画面で捉えるようにするなど、本番直前まで調整を行いました。
■ 「触画」を通じて見えたもの
17時半、いよいよ配信がスタート。第一部では、まず、前回のTURNミーティングで工夫した技術的な実験の紹介映像を流したあと、日比野が最近制作した、目を使わず触覚のみで描く「触画」についての映像を紹介しました。
この取り組みを行った背景として、日比野は、前回のTURNミーティングのゲストである森敦史さんとの出会いがあったと語ります。盲ろう者で、目と耳ではなく触覚を通して世界を知ってきた森さんは、日比野との対談中、「触ることができないものは、盲ろう者にとっては『存在しない』」と語りました。この言葉に関心を持った日比野は、その感覚を自分でも体験しようと考えました。
「触画」の映像に映るのは、大きな厚手のボール紙の前に、目を瞑った状態で立った日比野。両手に持った白いオイルスティックで、腰のあたりからジグザグと左右対称に線を引き始めると、腕を大きく広げながら、円を描くように手の軌跡を残していきます。
日比野:「何を描くか」というより、画面に向かって身体を動かし、その痕跡を残す描き方なので、身体の届く範囲に左右対象の絵ができました。描いている間は、オイルスティックの滑らかな感触が気持ちいいなとか、手を上げるの疲れたとか、手の感覚だけを頼りにしました。どうしても視覚的な記憶が残っているので、想像をしながらバランスをとってしまう部分もありましたが、この絵は目を開けていたら描けないものになったと思います。同時に、盲ろう者は絵を描いたあと、『触覚だけが身体に残る』ということも感じました。それは、「絵とは何か?」という大きな問いを感じさせる体験でした。
日比野が「触画」を描く現場に立ち会った森は、その制作の光景を、「指揮をしているようにも見えた」と表現。そして、前回のTURNミーティングで手にしたのは「触覚」というキーワードだったと振り返りました。
*第11回TURNミーティングの記録映像はこちら | レポートはこちら
■ ラップのリズム、手話のリズム
続くプログラムでは、ラップクリエイターのマチーデフさんが、コロナ禍のなか福祉施設の利用者とオンラインで交流しながらつくったラップについて語りました。
フリースタイルのラップを歌いながら登場したマチーデフさん。バリアフリー活弁士の檀さんがマチーデフさんの服装を言葉で活写、それに対しマチーデフさんがさらに即興のラップを展開する場面もあり、言葉のプロ同士の分野を超えた異色のコラボレーションに、会場の雰囲気が明るくなりました。
マチーデフさんは昨年からTURNに参加し、池袋にある「福祉ホームさくらんぼ」の利用者と交流を続けてきました。新型コロナウイルス感染症拡大後の今年2月からは、その活動をオンラインに移行。施設で行われる「さくらんぼ祭」に向け、利用者やさくらんぼの卒業生とラップを制作しました。そこで生まれたのが、ラップ曲「リモ音(りもおと)さくらんぼ」です。
会場でも、「リモ音さくらんぼ」のライブが行われました。会場を練り歩きながら、ゲストやスタッフとコール&レスポンスするマチーデフさん。サビでは、指文字を使って「さ・く・らん・ぼ」の歌詞を表現しました。配信上の画面には、ラップの歌詞のほかに、聴覚に障害のある人も楽しめるよう、ビートのグラデーションを視覚的に表現するグラフィックを表示。さらに、画面に映るマチーデフさんの背後にさくらんぼの絵を映したりと、映像的にもいろんな実験が詰まったライブでした。
今回のライブにあたり、マチーデフさんは、ろう者の手話ナビゲーターらと4時間半にもおよぶ対話を行ったといいます。そのなかで、これまで知らなかった手話について、日本語や英語と同じく、手話という「言語」が独自に存在するのだと理解を深めていきました。今回のライブでも、ラップをろう者と楽しむにはどうしたらよいか考えたと語ります。
マチーデフ:ろう者との対話で気づいたのは、手話にもリズムがあるということでした。僕は踏切の音を聞いても身体が揺れてしまうほどリズムに敏感なのですが、ろう者の方の手の動きには豊かなリズムがあって、ラップとも共通性がある。今回のライブでは、その発見をベースに、視覚的に楽しめるものをつくろうとしました。今後は、ラップを手話に変換するのではなく、手話をラップに変換することにも挑戦したいと思っています。
■ ろう者のコミュニケーションを体感する
第二部では、那須さん、高野さん、「らーちゃん」こと高島さんが登場し、日比野とともにこの日のテーマである「ろう文化」について議論を交わしました。
日比野が、「ろう文化」という言葉と出会ったのは、「ろう者の音楽」をテーマにしたドキュメンタリー映画『LISTEN』(2016)の監督の牧原依里さんを通じてだったそうです。
日比野:「『文化』という言葉は、『平安文化』や『日本文化』など時代や地域に付くことが多いけれど、それと同じようにろう者の文化もあると牧原さんから教えてもらい、とても印象に残りました。今日は、耳の聞こえる聴者の文化とは違うそのあり方を知りたいし、楽しみたいと思っています」
那須さんは2歳から、高野さんは生まれた時からのろう者。一方、高野さんのパートナーでもある手話通訳士のらーちゃんは、聴者としてろう者と関わってきた立場です。普段は「ろう文化」を特に意識しないと語るらーちゃんですが、手話を学び始めた頃は、そのコミュニケーションで必要とされる「指差し」の仕草に慣れなかったといいます。
らーちゃん:話している対象を示すとき、聞こえる人同士だと「あれ」「それ」とか声で対象を示しますが、ろう者は指を指さないといけない。いまは慣れましたが、最初は驚きました。一方、手話が便利な場面も多くあります。たとえば、ろう者の友人とディスコに行ったとき。大きな音が鳴っている場所で、遠く離れていても、手話であれば会話ができます。また、ディスコの振動をみんながすごく楽しんでいたのも印象的でした。
らーちゃんの言葉に、高野さんも、「私も音の振動が好きです。歌詞の意味を手話にして、カラオケを楽しむこともあります」と反応。これを受けて日比野は、盲ろう者の森敦史さんも、「よく揺れる電車の方が移動している感じがあって好きと語っていた」と紹介し、耳の聞こえない人にとって振動が持つ情報の意味に関心を見せました。
もう一人のゲストの那須さんは、「NHK手話ニュース845」のキャスターを務めながら、一人芝居や演劇も行っています。その舞台では、日本語の台本を手話に翻訳する場合もありますが、既存の手話だけでは意味が伝わりにくいこともあると語ります。たとえば、民謡「蛍の光」の歌詞を文字通りに手話に置き換えると、ろう者には意味が取りにくいといい、その場で、「蛍の光」の歌詞の意味をくみ取った手話で表現してくれました。
その手話を用いての表現は、とても魅力的なものでした。片方の握り拳の下に、「光」を示すように指を開いたもう片方の手を添えて「蛍」を表現したかと思うと、指で空中に四角を描いて「窓」を、さらに、ひらひらと手を上から下に動かし「雪」を表現します。これを見ていた日比野は、「意味がわかる!」と興奮。那須さんの動きをマネて、歌詞の冒頭を声を出さずに手で再現すると、那須さんも「そうそう!」と日比野を指差しました。
那須:たとえばアイヌ文化でも、アイヌの人たちは日本語をベースにするのではなく、アイヌの言葉で考えますよね。同様に、ろう者も昔は聞こえる人に合わせるコミュニケーションを学んだけれど、そうではなくて、手話をベースにすることが大事だと思います。僕の芝居でも、日本語に変換するのではなく、映像的なイメージの組み合わせで意味を表現しています。
続けて那須さんは、「とびら」という芝居を即興で披露してくれました。それは、目の前に次々と現れる扉によって、那須さんが海や戦場にワープしてしまうというもの。声による説明はありませんが、那須さんの動きを通して情景がありありと浮かびます。
空爆を思わせる激しい動きのあと、那須さんが両手で鳥の翼のような形をつくり、空に飛び立つ芝居をすると、そこには短編映画を見たような余韻が残りました。この迫真の芝居を受け、日比野も声を出さず、全身を使って感想を表現しました。
■ それぞれの能力を知り、「人間」の魅力を発見する
ここまでの対話や、那須さんのパフォーマンスを通して感じた、ろう者のコミュニケーションの特徴について、日比野は2つの点を挙げました。
日比野:ひとつは、とても映像的であることです。ある場面を表現するときも、それを一人称で見たり、俯瞰で見たり、頭の中にカメラが4台くらいあって、切り替えるように表現していると感じました。また、動きによってある対象や経験を人に伝えるには、そのものを自分が追体験する、「当事者」になることが大事なのだと感じました。
ろう文化は映像的という指摘に、らーちゃんも頷きます。さらに、ある対象の動きをなぞり直すことについて、高野さんは、「私はモノマネが好きなのですが、サルとゴリラとチンパンジーではみんな表情や仕草が違います」と語り、実演してくれました。
高野:特徴を掴んでマネするのがすごく好きなんです。手話を教えるときも、手話だけではなく、表情の使い方を学ぶことの大切を一緒に伝えています。耳が聞こえる人の「声の表情」と同じように、ろう者のコミュニケーションにも「表情」があるんです。
らーちゃん:ろう者の人は、他者の特徴を掴むのがとても上手いと感じます。人のことを覚えるときにも、名前ではなく、その人の見た目の特徴で覚えていたりします。
那須:ろう者は音が聞こえない代わりに、視覚的にたくさんの情報を得ていると思います。そこで蓄えた映像的な引き出しが、表現力につながっているのではないでしょうか。
そこから話題は、ろう者それぞれの手話や表情の違いへ。高野さんは、那須さんの手話について、「とてもインパクトのある手話をされていて、いつも刺激を受けている」と語り、反対に那須さんは、「高野さんのサルのマネは日本一かもしれない」と語ります。
高野:それぞれに違いがあるからこそ、面白いですよね。みんな、自分らしく手話を表現していると思います。お互いにそれぞれの表現を尊重することがとても大切だと思っています。
那須:同じ歌でも、人によって歌い方や声が違ったり、同じアートと言っても、日比野さんとゴッホとダリでは作風や個性がぜんぜん違うのと同じですよね。
一連のやり取りを聞いた日比野は、「ろう者の人は、映像的な経験をベースに、それを身体を通して伝えていることがわかりました。今日は、那須さんの表現をマネすることで、それを自分でも体感できたのが大きかった」と語ります。そして最後に、聴者がろう者のコミュニケーションや表現について学ぶことの可能性を、こうまとめました。
日比野:ろう者の人は、「見る」ことに対する集中力や、それをストックする力、アウトプットする力に長けていて、それがろう文化の魅力のひとつだと思います。人間にはそもそもいろんな能力があって、ろう者と聴者にはそれぞれ得意な能力がある。聴者がろう文化に関心をもつことは、それをみんなで耕していくことにもつながります。それは、単に多様性を認めるだけでなく、広く「人間」の魅力に気付くうえでも大事だと感じました。
■ フラットに、楽しく交流することの重要性
ろう者をめぐるコミュニケーションについて、会話するだけでなく、全身を使った表現が交わされた今回のTURNミーティング。終了後、第二部のゲストに話を伺うと、特に聞き手である日比野の好奇心や、接し方のフラットさについての感想が多く聞かれました。
手話に関わって約20年になるらーちゃんは、「耳が聞こえる多くの人は、耳が聞こえない人を『不幸』と捉え、『何かできることはないか?』という質問を最初にします。でも、日比野さんはそこがフラットで衝撃でした」と話します。高野さんも、「日比野さんはろう文化について私たちよりも知ろうとしているな、と。表情も豊かで、私たちのやったことをすぐに取り込んで表現できるエネルギーはすごいと思いました」と驚きを口にしました。
表面上の「違い」の前で立ち止まったり、構えたりするのではなく、同じ社会で生きる者として気軽に交流することの重要さ。那須さんも、「日比野さんのように、堅苦しい雰囲気ではなく、楽しくろう者とやりとりする感じが社会に広がるといいと思います。ろう者と聴者は別という考え方ではなく、社会のなかに手話を使う存在がいることが当たり前に知られ、お互いに良いところを学べることが大事だと思います」と話します。
次回の「第13回TURNミーティング」は、2021年3月の予定。ぜひ、ご注目ください!
執筆:杉原環樹
写真:金川晋吾
関連記事